悪性の蛋白質のことを(異常型)プリオン(蛋白質)という。プリオンとは1982年にスタンリー・プルシナーにより提唱された概念である。蛋白質性感染性粒子(proteinaceous infectious particle)の略語で、通常の核酸不活化処理に抵抗性を示す病原体。
プルシナーはスクレイピーの病原体としてプリオンを提唱したが、核酸のない蛋白質のみが感染性を有するなど、当時は全く信用されなかった。しかし、スクレイピーの病原体として他に存在を示すウイルスなどのデータが全く得られなかったことや、生化学的なプリオンの存在を示唆する実験により、現在はプリオン説が最も有力な仮説となっている。
(完全に証明されたわけではない)
プリオンの研究者が少ないことや、マスコミによる誤った報道などで、プリオンに関しては用語の誤解が多いので記しておく。プリオンとプリオン蛋白質は意味が異なるということを理解していただきたい。
プリオンとは、冒頭に示したとおり、「蛋白質性感染性粒子」の略語である。これは言葉のレベルとしては、ウイルスや細菌と同じである。ウイルスはカプシドやエンベロープなど、数種〜数十種類の蛋白質が多数組み合わさって構成されている。これに対し、プリオンは異常型プリオン蛋白質が主要な(もしくは唯一の)構成要素であると考えられている。異常型プリオン蛋白質が5分子以上凝集すると感染性を有するようになるため「プリオン」と呼ぶことができるようになる。およそ14から28分子の異常型プリオン蛋白質から構成されるプリオンが最も感染性が強いということが分かっている。
感染性のあるウイルスを異常ウイルスと言わないように、感染性のあるプリオンを異常プリオンと言うことは間違っている。よく誤用されている異常プリオンという言葉は存在しないのである。
生体には、正常型プリオン蛋白質が発現し、何らかの生理機能を有している。プリオンは、この正常型プリオン蛋白質を異常型に転換し、自身に取り込み、伸張していくような形で凝集していくと考えられている。
プリオンが原因で起こる病気は、伝達性海綿状脳症(TSE)と呼ばれ、以下のようなものが確認されている。
病名 | 感染動物 | 感染原因 |
---|---|---|
スクレイピー | 羊、山羊 | 自然状態で感染 |
慢性消耗病(CWD) | 鹿、エルク | 自然状態で感染 |
牛海綿状脳症(BSE) | 牛、(猫科動物) | 汚染飼料の給餌 |
伝達性ミンク脳症(TME) | ミンク | 汚染飼料の給餌 |
型 | 性質 | 原因 |
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孤発性CJD(sCJD) | 孤発性 | 偶発的(宿命) |
家族性CJD(fCJD) | 遺伝性 | PrP遺伝子の変異 |
医原製CJD(iCJD) | 感染性 | 汚染硬膜移植など |
変異型CJD(vCJD) | 感染性 | BSE由来 |
性質 | 原因 |
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遺伝性 | PrP遺伝子の変異 |
性質 | 原因 |
---|---|
遺伝性 | PrP遺伝子の変異 |
性質 | 原因 |
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感染性 | 宗教的な食人儀式(死者の脳や内蔵を食べる) |
宿主PrP遺伝子にコードされた蛋白質で、GPI結合蛋白質として細胞表面に発現している。多くの組織に存在するが、特に中枢神経系で高発現。
細胞内局在:細胞膜上
凝集性:凝集しない
非イオン系界面活性剤に対する溶解性:易溶性
蛋白質分解酵素抵抗性:感受性(分解される)
二次構造:α-helix43%、β-sheet3%
成熟すると、約210アミノ酸で、複合糖鎖を有する。
PrPC欠損マウスは正常に発育し、子孫を残すことができる。さらに、プリオン病に抵抗性である。このことからもPrPC→PrPScの構図が示唆される。
プリオン病に罹患した個体にのみ存在し、PrPCの構造異性体である。成熟型のPrPCから翻訳後修飾によって生成されると考えられている。
細胞内局在:二次リソソーム
凝集性:易凝集性
非イオン系界面活性剤に対する溶解性:難溶性
蛋白質分解酵素抵抗性:抵抗性(分解されにくい)
二次構造:α-helix30%、β-sheet45%
蛋白質分解酵素で処理することにより、PrPCとPrPScを見分けることができる。
プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (ブルーバックス)