「藤原道長の政敵」 「宮中の暴れん坊」 「父の死で没落した有力貴族」 藤原隆家について書かれた資料を見ると、このような紹介が並んでいます。 しかし、隆家は日本の国境を守る重要な役割を果たした人物でもありました。 地方支配が揺らいでいた朝廷は国境を守る軍団を持っておらず、反乱が起こったらそのつど、地方の有力者に鎮圧を依頼していたような時代にあって、朝鮮半島のすぐ近くにある対馬や壱岐は謎の異民族の襲来を受けていました。 「刀伊」とよばれた異民族は突然海のかなたからやってきて対馬や壱岐の老人・子供を皆殺しにし、多くの島民を拉致したのです。 いわゆる「刀伊の入寇」です。 刀伊を迎撃した壱岐守の藤原理忠…