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月配列

(コンピュータ)
つきはいれつ

2ちゃんねる掲示板の「新JIS・月 キーボード配列」スレッドを発祥とし、ローマ字入力のように(小指や親指によるシフト操作を必要とせずに)扱うことが出来る「かな入力」手法である。
」の字は「花鳥風月」の「月」に由来するものであり、先行して公開されていた日本語入力関連技術である「配列、飛カナ配列、単漢字IME「」」に続くものとして名づけられた。

月配列の現状

「月配列」は「新JISかな」配列(JIS X6004)におけるシフトキーを、「花配列」と同じ中指ホーム段文字キーに再割り当てし、一連の微調整を行ったものである。
特定の団体が作成したものではなく、あくまでも個人ベースでの開発が進んでいる。そのため固定されたカナ配列は存在していない。


月配列のプロトタイプ版は2002年11月6日生まれであり、そこから「評価打鍵」「シフトキー数増加」「拗音拡張」「Gene Analysisの採用」「清濁分置」などの様々な技法が取り入れられてきた。
月配列系の配列名は「月配列」+「初公開スレッド番号」+「ー初公開レス番号」の組み合わせ文字で自動的に呼ばれるようになるか、あるいは「月配列」+「開発者名のプレフィクス英字」+「通しバージョン番号」と明示的に命名される場合が多い。
1スレッドごとに少なくとも一つ以上の配列が提案されるうえに、各配列同士の配字指針は製作者によって比較的大きく振れる。そのため、月配列について言及するときには「バージョン番号」の類を省略しないことが望ましい。


はじめて取り組むには「月配列 2-263式 *1」を推奨されやすいが、これは「強制力を持つ取り決め」などではない。
2-263式は「月配列」というアイデンティティの基礎であるとともに、(2番目に提唱されたにもかかわらず)十分な基本性能を持っていたこと、そして多種多様な月配列系の派生配列を生む「有力なベンチマーク」となっていることなどによるものである。


現時点では、個々人がそれぞれ独自の思想に沿って改良を繰り返している。
また個人ベースで開発されているため、「他のかな入力方式」での成果や打鍵感覚をそれぞれに取り入れている例も存在する。

参考として、事実上の標準配列となっている「月配列2-263式」を以下に示す

  • そのまま打鍵すると出る文字
そこしてょ つんいのりち
はか☆とた くう★゛きれ
 すけになさ っる、。゜・

注)「☆(D)」「★(K)」はシフトキーとして使用する文字キーである。

  • 「☆(D)」または「★(K)」を押した後に打鍵すると出る文字
ぁひほふめ ぬえみやぇ「
ぃをらあよ まおもわゆ」
 ぅへせゅゃ むろねーぉ

「月配列2-263式」の主な特徴

  • 頻度の高い清音カナは1打鍵で、頻度の低い清音カナは2打鍵で打つ方式である。
  • 濁点、半濁点は清音に後置する。(たとえば「ぜ」は入力に3打鍵を要する。)
  • 小指シフトキーを必要としない。
  • 元となった「新JISかな」は高校教科書のかな連なり頻度をベースに設計されており、本質的に「断定調の文書」「事務文書」などの作成には特に向いている。
  • 用途や操作形態を別にする人による「私家版の月配列」の基礎となっている。

月配列の他仕様について

中指キー「D」「K」のみではなく、薬指キー「S」「L」も使用する中指・薬指シフト方式も考案されている。
「月配列2-263式」では濁点・半濁点を後押しとしたため、

  1. 「☆(D)」または「★(K)」のシフトキー
  2. シフト側の文字キー
  3. 濁点または半濁点のキー

を押すと最大3打鍵を要するが、この操作を避けて全てのカナを2打鍵以内で入力するために「そのまま打鍵すると出る文字」を2字減らし、シフト面を更にもう一面追加する案である。
また、更にシフトを増やし、(月配列では最大5打鍵を要するパターンが存在する)「拗音節」の一部を3打鍵以内で入力できる配列も考案されている。


一方で、「断定調の文書」「事務文書」ではあまり使われない「です・ます調」を主体とする文章には不向きではないかという言及が稀に見られる。
この点を改善した一例としては「月配列U9版RC」があり、親指シフト系の「飛鳥配列」からヒントを得て「て」の位置を見直すなどした次の配列を公開している。

「月配列U9版RC」を以下に示す

  • そのまま打鍵すると出る文字
ゅとしこょ つんいかり
は★☆てた くう☆★きち
 すをになさ っるのもー・

注)「☆(D・K)」「★(S・L)」はシフトキーとして使用する文字キーである。

  • 「☆(D)」または「☆(K)」を押した後に打鍵すると出る文字
ぁゃねらめ ぬむみえぇ
ぃけ、あれ まおほそへ
ぅやせよゆ ひわふろぉ
  • 「★(S)」または「★(L)」を押した後に打鍵すると出る文字
!どじご〜 づぴぽが?
ばげ。でだ ぐヴぼぞぎぢ
ずぱぜ■ざ びぷぶべぺ

注)■は未定義である。


月配列の発祥

配列の起源 新JIS(JIS X 6004)

かつて、通称「新JIS」という改良型のカナ入力配列が、渡辺定久氏を中心とする「日本語情報処理標準化調査委員会 A専門委員会」によって選定された*2
この新JIS配列は「カナ入力」に分類される。しかし既存のJISカナ入力配列とは異なり、シフトを用いて文字を3段に配置し、4段目には英字と共通に数字や記号を配置している。
この「新JIS」では、操作性に優れた日本語キーボードの実現を目指して、大規模な測定と調査を行い、その結果を元に「指の動きに合わせた高速打鍵向きの合理化」が推し進められた。


作成手順として、まず複数の条件(片方の手に打鍵が連続して偏ってしまわないこと、シフトの量が最低限であること、など)に合わない「速くないと考えられる配列」を事前にふるい落とし、のちの計算時間が無駄に長くならないように計算範囲を限定した。
つぎに、人間の手指が行う「現実の動作速度」を計測する必要がある。そこで、7人の女子大生が実際に『あるキー→別のあるキー』を打つ間の打鍵時間を計測した。この計測には3年間掛かり、測定は延べ380万文字分にも及んだ*3
また、100万字超のカナ文章を基にした単字出現頻度データ(1-gram)と二文字連接頻度データ(2-gram)を収集した。


その後「速いと考えられる基準」に沿う、膨大な配列群のすべてについて、1配列ずつ『二文字連接頻度データ(2-gram)を当てはめてから、その頻度に「あるキー→別のあるキー」の間の打鍵時間を掛け算する』ということを繰り返した。こうすることで、膨大な基準内配列のすべてを対象とした「その配列を使って、実際に7人の女子大生が、課題文全体を打鍵した時に掛かる所要時間」を、実際に一つずつ人間が打鍵していかなくても、ある程度は正確に求めることができる。
この考え方で延々と1配列ずつの「速さ」を求めていき、膨大な候補の中から「十分に速く打てると考えられるものから順に、256個の配列」を選び出した。
見つけ出された256個の配列に対して、今度は実際に打ってみて速さを評価し、その結果として「人差し指に負荷を寄せた配列」と「小指以外の各指に負荷を分散した配列」との2種類を選び出した(2つの配列による計算上の速度差は1%未満であり、どちらも十分な性能を持っていた)。
最後に2つの配列を計算によって評価し、わずかに性能がよかった「人差し指に負荷を寄せた配列」を、新JISかな規格用の配列として選出した。
 

「新JIS」は柔軟なシフト機構を持つ。

  • 一般的なシフトキーと同じように「シフトを押しながら」のシフト操作が可能である。
  • シフトキーを押してからシフトしたいキーを押す(シフトキーを押し続ける必要はない)、「プレフィクス形シフト」操作も可能である(この方式は高速打鍵に適しているとされた)*4

(詳しくは「仮名漢字変換形日本語文入力装置用けん盤配列」「タイピストにおける指の運動特性について」などを参照のこと)

シフト方法は花配列を流用

一方で「花配列」という、やはりシフトでキーを2面に切り替えて用いるカナ配列が冨樫 雅文氏*5により提案された。この花配列で特徴的だったのは、シフトキーを中指……つまり文字キーの中央に配置していること(中指シフト方式)と、前述の「プレフィクス形シフト」方式を採用していることである。
新JISでは小指外方シフトを頻繁に用いるので、かならずしも打ちやすいとはいえなかった。また、専用のソフトウェアを用意しなければ実現することが難しい。その点花配列ではシフト操作が楽で合理的であるし、しかもシフト操作は「特殊なローマ字綴りの入力」と相同と見なせるので、ローマ字変換テーブルを書き換えるだけでPCへの実装が簡単にできる。

新JIS・花配列から月配列へ

「【ローマ字,仮名,親指?】新JIS配列キーボード」という2ちゃんねるスレッドにおける議論が発端となり、月配列の開発が開始された。
新JISの文字配列自体が優れていることは、いくつかのテストや、実際に使用してみた有志によって確認された。しかし結局新JISを実用するユーザーは数人しか確認できず、新JISが絶滅に瀕していることは明白となった。その理由として競合他方式とのシェアの削り合いがあったとか、小指でシフトキーを押す方式がよくないのではないかとかのさまざまな意見があるが、定かではない。
新JIS配列に好感触が得られたため、さらに快適に利用するべく文字配置やシフト方式等の改良が試みられていった。
ここまでに蓄積された改良意見から、のちの月配列を方向付ける2,3の原則が確認できる。

  • 基本的に、新JISの文字配置を利用する
  • 小指のシフトキーは用いない
  • 専用キーボードは用いない

やがて花配列の中指シフトを真似て、新JISをそのまま中指シフト化する案が表れた。当初はそのあまりの安直さに、「悲惨な結果」が危惧されたほどである。これが月配列の最初のプロトタイプ、1-144となる*6
結論から言えば、新JISほど中指シフトに適した配列はなかったのである。

  • もともと新JISは、花配列と同じくプレフィクス形シフトを前提に最適化されていた。
  • シフト操作と文字打鍵とが互いに邪魔にならないように計算されており、中指シフト化してもその恩恵にあずかることができた。
  • 花配列は手の縦移動が若干多いと作者みずから認めているが、中指化した新JISでは手が落ち着き、花配列と比べても改良となったとされる。

月配列系の変化。

 月配列系は常に「変化に寛容」であり続けている。
 これはゆっくりとした変化であるが、「月配列2-263版」というベンチマークの存在を超えるための試みは、今も変わらず続いている。
 おそらく、ベンチマーク配列の性能が「そう簡単には超えられないが、ある分野では超えることができる」という絶妙な位置にあるという事情が、進化の継続性を支えるキーポイントになっているものと考えられる。


 月配列系は、多くが「濁音と清音の位置分離」および「清音と濁音の1打鍵化」をサポートしていない。
 月配列2-263式の元となった新JISかな(JIS X6004)では、JISかな(JIS X6002)と同じく「JIS X 0201に規定された文字を入力するためのキーボード用論理配列」として設計された。
 この際、新JISかな(JIS X6004)では、(当時の計算能力から現実的な時間でけん盤配列の設計と評価打鍵を行うために)いくつかの制限ルールを設けて、その範囲に収まる配列群に限った最適配列を探索した経緯がある。
 月配列系は、基本的に「新JISかなの美味しいところはそのままに、中指シフトによる恩恵を受けられるように部分最適化をしなおす」ところから始まったため、新JISかな配列の骨格をそのまま生かす場合、「濁音・半濁音の1打鍵入力」にこだわらないほうが打ちやすい配列にたどり着きやすいという性質を持っている。
 もともとこういった需要がほとんどなく、現実的にも大きな改善を見込めないためか、こういった方向での月配列探求は行われることはなかった。しかしながら、「そこに配列があるから探してみる」という開発者が必ずいる……というところは、月配列スレッドの興味深さを示す一例であるといえよう。


 「清音と濁音の1打鍵化」については、先立って1979年にNICOLA(当時の親指シフト)が、「同時打鍵(アクションは一つ、押すキーは2つ)」という方法で達成した。ただし、「押すキーが2つある」ため、厳密な意味で1打鍵とはいいがたいところがある。
 「濁音と清音の位置分離」および「清音と濁音の1打鍵化」の組み合わせについては、2000年に設計開始された「飛鳥カナ配列」がはじめて採用した。これも「同時打鍵」による実装である。1980年代において「濁音と清音の位置分離」は運用が困難であるとされていたが、現実に親指シフト方式への畳み込みには成功した。


 そして、「濁音と清音の位置分離」および「清音と濁音の1打鍵化」について、月配列系においても取り組む例が出始めた。
 たとえば2008年に設計された月配列(GA)5-315においては、「一部の濁音のみを1打鍵化する」というアプローチで、打鍵数削減に成功している。
 従来から「拗音の打鍵数を圧縮する」方法は開発されていたが、定義が複雑になるなどして厄介な面もあった。
 一方で「一部の濁音のみを1打鍵化する」方法は、月配列(と、元となる新JISかな配列)のうち、配列部分(濁音化可能な清音かなを左手に置くこと)を生かすよりも、コンセプト部分(一打鍵で打てるところに、高頻度なカナを置くこと)を優先したと見なすことが出来る。
 もともと、濁音カナ全体の出現頻度は清音かな全体の出現頻度と比べて1/9程度であるが、高い出現頻度を持つ「が・じ・だ・で」が含まれるなどするため、同じ濁音カナというくくりでも、出現頻度は偏っている。このとき、「出現頻度の高い濁音カナは、数がかなり少ない」という点に着目して設計すると、拗音の打鍵数を圧縮しなくても、打鍵効率の良い配列を設計することが可能である。
 なお、拗音カナ全体の出現頻度は清音カナ全体の出現頻度と比べて1/33程度とさらに低いため、同数のカナを清音から分離する場合は、拗音カナ(全体のうち1/33)のみを分離するよりも、濁音カナ(全体のうち1/9)のみを分離するほうが、打鍵効率はよい(しかし、これはJIS X6004の文字配列を継承できなくなることを意味する)。拗音カナと濁音カナの両方を清音カナから分離すれば更に効率は良くなるが、当然習得難易度は更に上がってしまう。「習得難易度に関係なく、誰にとっても優れた、夢の日本語入力用配列」が存在できない理由は、効率と習得難易度とがほぼトレードオフの関係にあることに由来している。


 月配列系の元となる新JISかな配列は「濁音と清音の位置分離」を前提とはしていないため、月配列(GA)5-315のような配列を設計するためには「新JISかなの配列部分を継承する」ことはできず、「新JISかなの配列設計手順(計算配列を評価打鍵でふるいにかける方法)を継承する」をするより他には選択肢がない。
 もともと全配列を探索するのは計算能力上無理がある*7ため、新JISカナ配列では「探索範囲を徹底的に絞ってから」範囲内の全配列を評価してきた。一方、月配列系の一部には、探索範囲を限定せず、かわりに「計算配列の設計段階にGene Analysis手法を用いる」*8ことによって配列探索を行う方法を採用する例が出始めてきた。

*1:http://jisx6004.client.jp/tsuki.html 2-263式の解説と定義ファイルがある

*2:規格番号JIS X 6004「仮名漢字変換形日本文入力装置用けん盤配列」。1999年に規格廃止となっている

*3:新JISかな入力法は当時「新米オフィスワーカーにとって使いやすい入力法であること」を目指して設計されてきたらしい事がうかがえる。

*4:新JISとの関連性は不明であるが、現在のオペレーティングシステムには「ユーザ補助機能」のひとつとして、「固定キー」などの名称を持つプレフィックスシフト機能をサポートするものがある。

*5:http://homepage3.nifty.com/togasi/hana_no_kuni/index.html

*6:1-144にはMS-IME用ローマ字定義のレジストリデータのみが提示されている

*7:濁点と半濁点をカナから分離する場合であっても「63の階乗」の候補があり、濁音と半濁音から清音を分離しない場合は「90の階乗」の候補があるため、一般的な計算手法では「地球の寿命が尽きるまで」計算しても、厳密な意味での最適配列を見つけ出すことは出来ない。しかも、そもそも「最適と見なせる配列の条件」すら一つではない上に、「どういう配列が最適なのか」という研究も完結してはいないという厄介な問題まである。

*8:和文入力用配列に対して「手動でGene Analysis手法のような方法を適用する」のは、非常に無謀な話であるといえる。たとえば前出の「飛鳥カナ配列」では、設計者が半専業で8年近い評価打鍵(≒手動GA手法)を行い完成させたという経緯がある。

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