イスラームの改革運動の一種。18世紀にムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブ(1703年〜1791年)が創始したことでこの名がある。サウド家との盟約関係により普及し、サウジアラビアでは国教のように扱われる。
イスラームにおける改革運動の基本的な流れは信仰の純化運動で、「堕落した」信仰に対して、クルアーン(とスンナ)に立ち返ることを求めるのが常である。既存信仰を改革しようとする動きがイスラーム復古運動とか呼ばれるのも、そのためである。
ワッハーブ派はそのような動きのひとつである。18世紀のアラビア半島で、当時の信仰が堕落していると見たワッハーブ(アブドゥルワッハーブ)が、信仰の純化を唱えて興したサラフィー運動*1に始まる。ワッハーブ本人は「信仰の人」であったが、「武の人」であるムハンマド・ビン・サウードと結合することでアラビア半島を席巻し、ワッハーブ王国と呼ばれる国家を樹立するに至った。その後の紆余曲折を経て、イブン・サウードによってサウジアラビアの国教とされ、現在に至っている。
ワッハーブ派はスンナ派四大法学派*2の一つ、ハンバル派(ハンバリー派)に属する。
大雑把に言ってイスラムには『理性や論理を重んじる流れ』と『伝統やハディースを重んじる流れ』がある。
ハンバル派は後者の傾向が強く、コーランとハディースを重視し、四大法学派の中でも特に純粋主義・伝統主義であると見なされる。その厳格性故に大抵の時代で少数派である。
ワッハーブ派は厳格主義の立場から、神秘主義や個人崇拝に対して非常に否定的であり、例えば聖人*3の墓所を破壊したりもしている。その他偶像崇拝に繋がるとして写真や映像にも否定的である。