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インカ帝国

(地理)
いんかていこく

ペルー南部のクスコを中心に、15世紀〜16世紀にかけて南米アンデス地方に栄えた国家。スペイン人が侵入する直前には、コロンビアからチリ中部にいたる領土を誇っていた。
1527年、ワイナ・カパック王と有力後継者のニナン・クヨチが、北部のキトで天然痘と思われる病で相次いで死去。クスコのワスカルとキトのアタワルパの分割統治時代に入る。後内戦となり、アタワルパは一旦破れたものの勢力を盛り返してワスカルを破る(1532年)。
同年、フランシスコ・ピサロに率いられたスペイン人コンキスタドールはアタワルパと対面し、カハマルカの戦いを経てアタワルパは幽閉され、そして処刑された。
アタワルパ処刑の後、傀儡皇帝としてトゥパク・ワルパが立てられ、彼の死(1533年)後はマンコ・インカが立てられた。マンコ・インカは1536年にクスコを脱出してビルカバンバに立て籠もり(ネオ・インカ帝国とも呼ばれる)、この亡命政権はサイリ・トゥパクとティトゥ・クシ・ユパンギをへてトゥパク・アマルが1572年に滅ぼされるまで存続した。
インカ帝国の滅亡年はアタワルパ処刑の1532年を採るか、トゥパク・アマル滅亡の1572年を採るかの二説がポピュラーな見解のようである。

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