ニジンスキーは銀橋で踊らない 作者:かげはら 史帆 河出書房新社 Amazon ――こんな人は、知らない。 舞台袖から現れた、ひとりのダンサー。(中略) 疑いようもなく、男の肉体だ。ほかの男性ダンサーよりも小柄だが、首は太く、身を反らすと喉ぼとけがくっきりと浮き上がる。太腿もふくらはぎも、遠目に見ればしなやかな曲線を描いているが、オペラグラスを向ければごつごつとした筋肉が目立つ。その太腿の間の青いひし形もようは微かにふくらんで、自身の肉体的な性別をまざまざと証明している。ボックス席の乙女が、気づいてしまった自分を恥じて、そっと睫毛を伏せる程度には。 それなのに。口元の艶やかな薔薇色の微笑みは女…