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親指シフト

(コンピュータ)
おやゆびしふと

1979年、ローマ字入力・JISかな入力の不満点を解消するために富士通が開発した、キーボードで「ひらがな」を入力する方式の一つ。
ワープロ専用機と紐付けされて利用され、初期には20%を超える普及を見たが、ワープロからパソコンへの移行とともに普及率を下げていった。2012年に至ってもなお根強い支持者がおり、公式・非公式を含めて複数のサポート体制がある。

主だったサポートとしては、Windowsパソコン全盛の21世紀でも変わることなく、富士通による専用キーボード((時期により種類は変動するが、概ねPS/2接続が1種類と、USB接続が2種類として提供され続けている。高級キーボードにNICOLAの配列をプリントしたものしか製品化されていないため、安価なNICOLAキーボードは残念ながら存在しない。))・専用IME((Japanist2003。名前に見合わず、アップデートパッチによってWindows7(64bit環境および32bit環境の両方)にも対応している。))の販売が続いている。

また新たな流れとして、「さまざまな入力法を再現するソフト(=エミュレーター)」のうちいくつかが、日本語入力コンソーシアム基準配列(先頭を採ってNICOLA、ほぼ親指シフトと同じ)をサポートしている。こういったソフトウェアは「NICOLAの再現」ではなく「NICOLAを含めた入力法全体の使いやすさ改善」に対して、それぞれ特色を持っている。中には、富士通自身が規格を実装できていない「一本指入力への対応」((2004年に制定された「高齢者・障害者等配慮設計指針(JIS X 8341-2)」にて、6.4.7(順次入力機能)として規定されている機能。[http://d.hatena.ne.jp/maple_magician/20060526/1148653419:title=2006年には実験的な定義が作られ]、[http://yamakey.seesaa.net/article/138788447.html:title=2010年にはエミュレータの機能の一つとしてサポートされた]。))を先行サポートしたり、親指を離すタイミングの遅れ補正について別の解を実装したり((親指を離すタイミングの遅れ補正について、当初は http://www.ykanda.jp/oasgif/oya-1.jpg と http://www.ykanda.jp/oasgif/oya-2.jpg で示すように「シフトキーは1文字だけを修飾する」よう実装された。ところが後に、個人製作の入力法で「連続的なシフトと、同時押しの両方を必要とする」ものが出現してしまう。これを契機に新たな解──シフト残り対策を施した、同時かつ連続的なシフト──をサポートするエミュレータが複数出現した。))、JISキーボードで他の入力法を使うユーザーのためにと壁紙にけん盤配列を合成表示したり、あるいは最新OSに対して富士通よりもすばやく対応する例があるなど、それぞれが野心的なチャレンジに取り組んでいる。


なお、携帯電話の「親指入力方式(かなめくり入力・ポケベル入力など)」とは別物である。

概要

コンピュータによる日本語入力法について、機材が高価であった1970年代までは「長期にわたり訓練された専門のタイピストのみが、手書き速度比数倍にもなる超高速で、手書きされた原稿をコピータイピングすることによって、はじめて元が取れるもの」であり、一般には縁遠い存在だった。
しかし富士通は、1980年代のうちに一千万台規模で安価な日本語ワープロが普及し、特に訓練を受けていない一般的なオフィスパーソンまでもが、手書き原稿を書かずに直接創作タイピングするために使うと予測していた。
手書き原稿から脱した次世代の機材に求められる入力法として、富士通は「手書き時代と同等かそれ以上(少なくとも70かな/分程度。これをかな漢字変換すると、手書きでの漢字かな交じり文で30文字/分に相当する速さとなる)*1の入力速度に狙いを定め、文字入力そのものを本業とはしない人でも比較的短期間で習得でき、親しみやすくて手書きよりも労力が少なく、かつ英文タイプライタのように使える」方法が適切であると考えていた。
こうした狙いから、富士通は1977年〜1979年に「日本語電子タイプライタ OASYS」のための日本語入力法、のちに親指シフトと呼ばれたものを設計した。


親指シフトの開発途中には、現在の「スピードワープロ」のような「少ない文字キーを複数同時に押す」方法*2や、数年後に実現された「TRONキーボード」のような「エルゴノミクスキーボード」*3なども実際に製作してきた。
しかし一連の実験を通じた結論として、最終的には「英字入力と同等の操作性」を求めて同じ見た目のキーボードを採用し、ひらがな入力についても英字入力と同じ「1文字=1操作」を実現する方法へとたどり着いた。


こうして「創作文章を普通の速度で入力する一般的なユーザーにとって、ちょうど使いやすいこと」を目指して設計されたはずの親指シフトであったが、後の宣伝戦略は親指シフトの特性──創作に必要十分な、速さ・覚えやすさ・使いやすさのバランス感覚──を生かすものではなかった。
ワープロ専用機が普及するにつれて、「辞書チューニングを活用した、親指シフトによる超高速コピータイピング」を編み出したユーザーがワープロコンテストで上位を占めるようになると、「親指シフトだからこそなしえた」という形で宣伝に利用した。これは裏目に出て、「親指シフトは一般的なユーザーにとって無意味な、とても特殊なもの」という、設計意図とは正反対の印象を与えてしまう結果にもつながった。実際には、近年のテレビ字幕入力などにおけるリアルタイム入力の分野で「スピードワープロ・JISかな・親指シフト」などがそれぞれ利用されているように、入力速度はあまり入力法に依存せず、ほぼ人に依存する問題である。
後にインターネット(特にblogやtwitterなどのメッセージツール)が普及し、当時富士通が夢見ていた「一般的なユーザーが、大量の創作タイピングを行う時代」となったが、親指シフトに対する過去のイメージを覆すことは、未だに実現できていない。


なお2011年の時点では、キーボード単独での親指シフト入力を行うためには、PS/2親指シフトキーボードを用いる必要がある。
一方で、後述のソフトウェアを用いる方法であれば、キーボードに縛られず親指シフトが使えるようになる。もともとは一般的なJISキーボードによる親指シフト入力を行うために作られたが、USB親指シフトキーボードでも同じソフトウェアを用いて親指シフト入力を実現している。

親指シフトの導入方法。

親指シフトのルールに沿って押したキーの情報を、(パソコンが解釈できる)ローマ字入力orJISかな入力へと、打鍵ごとにリアルタイムで逐次翻訳していくソフトウェアを用いる方法が一般的である。
この挙動をするソフトは、一般に親指シフトエミュレータと呼ばれる。
親指シフトエミュレータの種類にもよるが、大抵は専用の親指シフトキーボードを用意しなくても、一般的なキーボードで親指シフトを使える。もちろんノートパソコンのキーボードでも親指シフトをエミュレーションできる。
親指シフトの特徴である右親指キーや左親指キーは、変換キーや無変換キーなどと文字キーとの同時押しによって代替する。
また利用できるIMEも限定されず、MS-IMEでも、ATOKでも、Google日本語入力でも親指シフトを使うことができる。

Windows環境の親指シフトエミュレータ

やまぶき」と「DvorakJ」が人気を二分しているので、両者ともに試してみるとよい。
はじめて親指シフトを触るのであれば、壁紙に配列図を表示できる「姫踊子草2」が便利である。また、常に最新OSを追いかける人には、最新環境への対応速度に優れた「em1keypc」が適している。
NICOLA-F型配列を採用したUSB親指シフトキーボードについても、「やまぶき」と「姫踊子草2」が対応定義を同梱している。

Macintosh環境の親指シフトエミュレータ

「TESLA」と「KeyRemap4MacBook」がある。
TESLA 野良ビルド」をまず試すとよい。
KeyRemap4MacBook」では、「For Japanese」ー「Change Keyboard Layout」ー「Oyayubi Shift Input 親指シフト(NICOLA)」から設定する。

Linux環境の親指シフトエミュレータ

「SCIM-Anthy」と「IBus-Anthy」が親指シフト入力を採用しているので、それぞれの設定を確認するとよい。

BTRON環境の親指シフトエミュレータ

もともと親指キーシフトを利用する「TRONかな配列」が使えるシステムであり、文字配列を「親指シフト配列 for B-right/V」に差し替えるだけで親指シフトが使える。

親指シフトの操作方法

はじめに、JISキーボードを用いたQwerty英字鍵盤を示す。この英字配列部分は「親指シフトでも共通」である。

 
  小指 ←タッチタイプ用の代表的な指使い
Tab  
英数   ←強調されたキーはホームポジション
Shift  Z  X  C  V  B    N  M  ,  .  /  _  Shift
      Sp a ce         ←強調されたキーは親指のホームポジション

つぎに、JISキーボードを用いて親指シフトを使うための規則である、NICOLA(J型)のルールを示す。

 
  小指 ←タッチタイプ用の代表的な指使い
Tab  
英数       ←強調されたキーはホームポジション
Shift  .  ひ  す  ふ  へ    め  そ  ね  ほ  ・     Shift
      Sp a ce         ←強調されたキーは親指のホームポジション

上に挙げた文字は、単独でキーを押すことで入力される。
残りの文字は、以下のように入力する。
 

 
  小指 ←タッチタイプ用の代表的な指使い
Tab      
英数         ←強調されたキーはホームポジション
Shift     び  ず  ぶ  べ    ぬ  ゆ  む  わ  ぉ     Shift
      Sp a ce         ←強調されたキーは親指のホームポジション

ここにある文字は、キーボードにある「右親指」キーと一緒に押すことで入力される。
左手側の文字に関しては、右親指キーとの同時押しによって単独打鍵時の文字の濁音が入力される(Fキーは単独打鍵時は「け」、右親指キーとの同時打鍵で「げ」)。

 
  小指 ←タッチタイプ用の代表的な指使い
Tab      
英数         ←強調されたキーはホームポジション
Shift  ぅ  ー  ろ  や  ぃ    ぷ  ぞ  ぺ  ぼ        Shift
      Sp a ce         ←強調されたキーは親指のホームポジション

ここにある文字は、キーボードにある「左親指」キーと一緒に押すことで入力される。
右手側の文字に関しては、左親指キーとの同時押しによって単独打鍵時の文字の濁音が入力される(Jキーは単独打鍵時は「と」、左親指キーとの同時打鍵で「ど」)。

親指シフトの特徴

他の入力方式との優劣を論じない場合、親指シフトの特徴は次の通り。

  • 英字を入力する手段はJISキーボードと同じ(もしくはほぼ同じ)である。
  • 和文で「かな漢字変換」を使うために必要な文字は「約90文字*4」あるが、これを英字配列と同じ3段31キーの範囲内に収容している。当然キーは不足するので、親指シフトではこれを「左親指(無変換キーなど)」「右親指(変換キーなど)」との組み合わせでまかなっている。
    • ちなみに、JISかな・新JISかなは「濁点キー・半濁点キー・Shiftキー」を利用して不足分をまかなっている。
    • 同様に、ローマ字入力は「複数回キーを叩いて文字を出す」ルールを用いることで不足分をまかなっている。
  • 覚えるべき操作数は濁点分離時で90程度、濁点付き文字を考慮しなければ60程度であり、いずれもJISかな・新JISかなとほぼ同じ数である。
    • 濁点分離時の数はローマ字入力で「全ての小書き文字をLまたはX前置で入力する」場合と等しい数である。
    • この90操作を全て「打鍵順序に関係なくワンアクションで」入力する。
  • 右手側よりも左手側の負荷がわずかに(3%)重くなるよう設計されている*5
    • 親指シフト方式において、左手側よりも右手側の負荷が重くなるように設計された入力法として、「飛鳥カナ配列(28%) *6」や「小梅配列*7」などの入力法が提案されている。
  • ホームポジションにあるキーのみで、和文全打鍵のうち47%を済ませることができる*8

親指シフトの習得方法

親指シフトに限らずタッチタイプ(キーボードを見ずに入力する方法)で使うことが前提の入力法では、文字並びを「見て暗記する」方法が必ずしも良い方法であるとはいえない。
以下にいくつかのソフトウエアおよび練習方法を紹介する。

その後の日本語入力法に与えた影響。

親指シフトは、入力法の再設計が操作上の快適さに対して影響を与えることを、商用レベルで始めて実証した例といえる。
物理面での検討に多大な時間を費やし、ついに論理配列の設計にはほとんど時間を投じることが出来なかったため、論理配列自体はまだまだ改善の余地がある状態でリリースされたといえる。
しかし、物理面での検討が功を奏したことによって多数の利用者を獲得しただけでなく、後進の入力法に対しては「なかなか超えることが難しい、強烈なベンチマーク」としても機能しており、新しい日本語入力法が作られる度に親指シフトは「有力な比較対象として」引き合いに出される機会が多い。
「新しい日本語入力法を作るには、少なくとも特定の評価軸では親指シフトを超えることが必須である」といっても過言ではなく、見方を変えれば「足切りの基準」として機能している。
事実、その後に作られた入力法は「親指シフトよりも大規模な日本語文解析」「親指シフトよりも大規模な指の運動特性調査」「親指シフトよりも長期間にわたる実評価打鍵」などといった基準で性能向上を目指すことがままある。


以下に、親指シフトをベンチマークとして設計された入力法の一部を紹介する。

新JISかな配列

  • 親指シフトとは異なり「はじめからJIS規格向けに設計された」ため、設計時の詳細な資料が残っている。また設計期間を十分に確保できたため、大量の人力評価打鍵がはじめて配列設計に生かされた。設計者の想定する利用者層が「オフィスユーザー」であるところは親指シフトと同じであるが、両者は設計コンセプトが異なっている。親指シフトは創作タイピングをするユーザーを想定していたことに対して、新JISかな配列は結果としてコピータイピングをしたときに速くなるよう製作された。

TRONかな配列

  • 富士通が候補からあえて外した「指の運動特性に根ざしたキーボードハードウェアの設計」を取り込んだ。このため、エルゴノミクスキーボードの原型として語られることもある。

中指シフトかな配列「花」

  • 設計が複雑な「カナ」入力法を、個人が設計した例としての先駆け的存在である。

その他の、特に個人製作の入力法。

以下注釈。

*1:http://www.ykanda.jp/oasgif/nin-1.jpg による。

*2:この方法は、当初「1モーラを一操作で入力する」ことを目指して試験された。しかし、同時押しをやりにくいパターンが複数存在することが実験により確かめられたため、本採用は見送られた。このとき「親指キー+他の指のキー」の2キー同時打鍵に限っては上手くいく、ということが判明したため、これを「普通のキーボード」に当てはめ、「1モーラ」よりも単純な「1文字」を単位に入力するよう設計されたものが、後の親指シフトキーボードとなった。

*3:実際に動作するエルゴノミクスキーボードを作ったものの、それをお披露目したときの反応が軒並み「奇異なものを見る目」だったということを理由にして、エルゴノミクスキーボードの採用は見送られた。

*4:かな漢字変換を満足にこなすためには、すくなくとも【あぁいぃうぅヴえぇおぉかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづってでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゃゆゅよょらりるれろわをんー、。】の84文字はどうしても必要である。

*5:http://nicola.sunicom.co.jp/thumb2.htmlhttp://homepage2.nifty.com/61degc/reports/koume/index.html を参照のこと。計算値の元となった数値については http://www.massangeana.com/mas/charsets/asukacomp.htm を参照のこと。

*6:http://www29.atwiki.jp/asuka-kana-layout/ を参照のこと。計算値の元となった数値については http://www.massangeana.com/mas/charsets/asukacomp.htm を参照のこと。

*7:http://homepage2.nifty.com/61degc/reports/koume/index.html を参照のこと。

*8:ホームポジションである文字キー8個と、シフトキー2個の組み合わせによる【うしてけときいんじでげおのょっをあなゅばどぎぽ】の使用率を、http://d.hatena.ne.jp/maple_magician/20070604/1180930739から求めた出現頻度に当てはめた計算値。244万かなのデータ量であるが、それでも個人のテキストが元となった出現頻度なので、語彙が偏っている可能性は高いという点に注意。

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