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相模線

(地理)
さがみせん

JR東日本鉄道路線。茅ヶ崎−橋本間 33.3km 単線。
車両は相模線スペシャルに設計された単線区間用の205系500番台が4両編成で運行されている。
ドアは半自動(ボタン開閉式)。
かつて非電化時代は気動車で運行されていた。

駅名 よみ
“えき”は略
接続路線
茅ケ崎駅 ちがさき 東海道線上野東京ライン湘南新宿ライン
北茅ケ崎駅 きたちがさき
香川駅 かがわ
寒川駅 さむかわ
宮山駅 みややま
倉見駅 くらみ
門沢橋駅 かどさわばし
社家駅 しゃけ
厚木駅 あつぎ 小田急小田原線
海老名駅 えびな 小田急小田原線相鉄本線
入谷駅 いりや
相武台下駅 そうぶだいした
下溝駅 しもみぞ
原当麻駅 はらたいま
番田駅 ばんだ
上溝駅 かみみぞ
南橋本駅 みなみはしもと
橋本駅 はしもと 横浜線・京王相模原線

歴史

1921年9月 相模鉄道が茅ヶ崎−寒川間開通
1922年5月 寒川−四ノ宮(既廃),川寒川(同)間に貨物線が開通
1922年10月 寒川−四ノ宮間に中間駅東河原が開業、旅客扱いの有無は不明。のちに昭和産業駅に改称(時期不詳、その時点では旅客営業)。
1926年4月 寒川−倉見間開通
1926年7月 倉見−厚木間開通
1931年4月 厚木−橋本間開通、川寒川貨物線廃止
1940年 相模鉄道の筆頭株主、昭和産業の社長が九州で暗殺され、昭和産業が衰退、相模鉄道の筆頭株主が東京急行電鉄となる。やがて第二次世界大戦の激化に伴い昭和産業は帝國海軍相模兵器工廠となり、昭和産業駅は西寒川駅に改称。
1943年4月 相模鉄道は神中鉄道(現在の相鉄本線+厚木線にあたる横浜〜厚木間)を合併、それまでの本線を「相模線」、獲得区間を「神中線」と称す
1944年6月 戦時鉄道買収により、相模線茅ケ崎−橋本間および寒川支線が国有化、神中線のみ相模鉄道として存続。
1945年下半期 太平洋戦争終結により帝國海軍相模兵器工廠が閉鎖解体、寒川支線の営業を停止。
1957年頃 旧海軍相模兵器工廠跡が工業団地として整備され、日東タイヤの工場ができる。西寒川付近から日東タイヤ工場内に貨物線が引き込まれ、この区間で貨物営業を再開。
1967年頃 西寒川駅、旅客営業を再開。
1984年3月 寒川支線(寒川−西寒川間)を廃止
1991年3月 電化、海老名駅開業。横浜線橋本−八王子間に乗り入れ開始

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