阿弥陀仏の他力本願(阿弥陀如来の力によってなされた約束)を信じることで成仏できるとする。鎌倉初期、法然の弟子親鸞によって法然の教えを継承発展させ、浄土宗から出て一派をなした。日本独自の宗派。宗派の成り立ちの経緯から、真宗とする宗派もある。別名一向宗。経典は浄土三部経(仏説無量壽経・仏説観無量壽経・仏説阿弥陀経)。
卒園式を意識して書かれたのだろうか?
まさにその通りで、ウクライナやパレスチナで同様のことが行われている。 そしてそれは現代の日本でも同じことがいえるかもしれない。 大谷祖廟に隣接して広大な東大谷墓地があり、ご先祖様は16区に眠っている。 松や南天はお彼岸の花として相応しくないかもしれないが、我が家の庭から持参してきたもので、きっとご先祖様はお喜びになっているに違いない。
peing-質問箱-より願成就文の「聞其名号」は私が救われるための大事な御文だと思いますが、ではその「聞其名号」とは、「私が耳をすまして | Peing -質問箱-質問箱には以下のように書きました。 南無阿弥陀仏をすでに称えた事もあり、南無阿弥陀仏のいわれを聞いてきた人からすれば、「すでに聞いていた事実」があります。 すでに聞いていたことではあったけれども、それがその通りだったと知らされるというのが事実に近い表現だと思います。 これに加えて書きます。「聞其名号」については、親鸞聖人はこのように書かれています。 「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑…
チャンス君が向こうからやってくるのが描かれている。
此岸(しがん)から彼岸(ひがん)に往(ゆ)く道 二河白道の絵図 親鸞聖人 一念多念文意(いちねんたねんもんい)原文凡夫(ぼんぶ)といふは、無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身(み)にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえずと、水火二河(すいかにが)のたとへにあらはれたり。浄土真宗聖典(註釈版)693頁 意訳凡夫というのは、私たちのような平凡な人のことをいうのですが、まことの智慧(ちえ)がない愚かさがその身のすべてにみちみちて、欲も多く、怒りや腹立ち、そねみ・ねたむ心が一時も止むことなく湧いてきて、息の…
実家の姉から 仏教的に優しさを身に付けることはできんだろうか? ついつい不機嫌な態度をとってしまう・・・ と相談を受けた 相談を受けたが・・・ 仏教を通して優しさを身に付ける・・ ムズカシス・・・ もしも私が 仏教を通して優しさを身に付けることができたんや! て言い始めたら、大きな勘違いをしているから、殴ってくれ・・・と住職にこんこんと言い聞かせている。。。 私にとって仏教は、何かをしてくれるものではなく、只々自分の酷さに気が付かされるものである ごくごくたまに 「思いやりがあって、配慮ができる人やね」 と褒めていただく事がある。 じゃあ、それらの配慮や思いやりは何の為かと考えてみると・・・ …
白蓮華(びゃくれんげ) 1.浄土和讃 讃弥陀偈讃たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて仏の御名(みな)をきくひとは ながく不退にかなふなり 浄土真宗聖典(註釈版)560頁 意訳たとえこの世界が煩悩の炎に包まれようとも、南無阿弥陀仏の喚(よ)び声を聞き、悩みや不安のただなかを通り過ぎて往く人たちは、決して迷いの世界に退くことなく、支えあう聚(なかま)とともに浄土に通じる道を一歩、歩みだすことができるのです。 語句不退転(ふたいてん) 人生の方向が定まること。煩悩に束縛された世界を離れ、同朋とともに束縛から解放された世界に一歩踏み出すことです。悩みや不安のまっただ中に浄土への道が開けてきます。…
話は変わりますが、仏法(とりわけ浄土真宗の教え)を聞くうえでも、「主語は誰?」と言われると、私ではないなと最近つくづく思います。 もちろん、お目当ては今現在苦しんでいる「私」ですので、正客は私です。しかし、浄土真宗の教えとは、そんな私を、「阿弥陀仏はどのようにご覧になられているのか」そして、「阿弥陀仏はどのように助けたいと願いを建てられたのか」「そのために阿弥陀仏はどのようなご苦労をなされたのか」。その結果、「阿弥陀仏はどうやって助けて下されるのか」、が説かれているものと思います。全て主語は「阿弥陀仏」で私は目的語なのです。「私が」が主語として入る余地がないのですね。 NHKのプロフェクトXと…
最近、自宅で四十九日までお経を唱えるということがありました。 初日や法事では近くのお寺から住職さんが読経に来ていたので、一緒に読めばよかったんですが、それ以外の日は家族のみで読経しなければなりませんでした。 音声がどこかにアップされていないかと色々探しましたが、これが意外にもなく、あったとしても「南無阿弥陀仏」のパートが省略されていたり、なかなか思うようなものに探し当りませんでした。 東本願寺のHPには、それぞれのパートごとに音声がアップロードされていました。 お経・仏事解説 - 本元寺 真宗大谷派(東本願寺) 最初はこの音声を動画編集ソフトで切り貼りして何とか作り上げたものを使っていましたが…
案外そうかもしれない。
住居表示と浄栄寺が何の関係があるかと思ったことだろう。 それはこの記事を読んでもらえればわかる。2024年3月23日のこと。次の目的地に行くため、薬王寺坂通り(江戸時代、現在の外苑東通り沿いに薬王寺という寺院があった。)の坂を上っていく。(見えている階段は薬王寺坂ではない、撮る方向を間違えた、写真だと右側から登ってきたのだ。) 前も来たことがあるはずだが、昔のことは覚えていない。 突き抜けられると思っていたが、路地に捕まり、戻るしかなくなった。 たぶん以前も同じことをしていると思うのだが、以前のことは覚えていないのだ。 ここもたぶん撮ったと思うのだが、撮ったことは忘れている。 そう、忘れている…
出会いと思い出 愛することは理解すること 理解することは愛すること 認める心 信じる心 支える心 育てよう 健全育成 愛のスコール ようこそ完全愛情物語へ 安寧愛情物語より 愉快愛情物語と共に 貫く愛心愛情物語 愛好愛情物語を込めて 寄り添う愛嬌愛情物語 ときめく恋愛愛情物語 励まし合う愛 崇高な童心愛情物語 愛の塊=自然笑顔=笑顔満開 夢体系 水産学磨きをする=農芸化学磨きをする=生命科学磨きをする=児童学磨きをする 経済学磨きをする=音楽磨きをする=商学磨きをする=幼稚園課程磨きをする 教育学磨きをする=地理学磨きをする=国際関係学磨きをする=小学校課程磨きをする 業界体系 マルハニチロ=…
先回掲載した前田利家出生の地とされる速念寺から、帰途に着くため、西方向の助光住宅バス停に向かう 速念寺から南に向かい二筋目を右に向かった左に前田西 薬師堂・秋葉神社が鎮座していました徒歩2分程、距離にして200㍍もないでしょう前方に見えてくる入母屋瓦葺の小堂が前田西に鎮座する薬師堂・秋葉神社になります 薬師堂全景堂前に献灯台を備え、一間の向拝が付くもので、入口の格子戸以外は板壁の堂軒下の三方に濡縁があり、手前の献灯台には蝋燭が灯された形跡もある季節のせいもあるだろうが境内は雑草もなく、日々手入れされているように見受けられます周囲の街並みは建替も進み、今どきの住宅が多い街並みですひと昔前の古い町…
我が宗派浄土真宗本願寺派のお勤めでございます南無阿弥陀 南無阿弥陀法然先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀親鸞先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀 南無阿弥陀 今日は晴れでございます南無阿弥陀 法然先生の父親は、武家筋でございます南無阿弥陀 美作國の警察の隊長だったのでございます南無阿弥陀 法然先生の父親は漆間氏なのでございます南無阿弥陀 此の警察の隊長漆間氏と対立関係に或るのが明石氏だったのでございます南無阿弥陀 明石氏筋は、美作國の税務署長だったのでございます南無阿弥陀 しかしながら明石氏筋は、税務署長としての立場を悪用するのでございます南無阿弥陀 警察の隊長漆間氏は、…
さっき帰り道に「18年前のいまごろは荻窪の駅ビルで飯を食ってたなあ」思い出した。 3/27は父親の命日である。
龍瓢寺から県道29号線を西進、新前田橋を渡り庄内堤右岸に鎮座する「ヒラメキさんぽ」最終チェックポイント前田速念寺を目指します橋を渡り下りきった先で右に進むと龍瓢寺の鐘楼門に続きます 鐘楼門から境内方向の眺め右に梅鉢紋の入った「前田速念寺」の寺標前田利家所縁の地を巡るルートに組み込まれているだけに、利家の生誕地(諸説あり)とされ、前田家と所縁のある寺かつてこの地には前田城があった場所として城址碑も建てられています 寺標の左側面には「前田利家郷御遺跡」とも刻まれています庄内川右岸のこの辺りは中川区前田西町になり、古くは尾張国海東郡前田村で寺号にも前田の名が入るように前田家の領地だったのが伝わってき…
私が意訳しようといる禅本「碧巌録」・「無門関」にしても、以下、臨済録も「佛」の字は、すべて「禅」の文字に置き換えて読まれるよう推奨します。 現代人には「佛」の字は、仏教とか、教祖=釈迦牟尼仏とか、ずいぶんと宗教めいたイメージに束縛されて、純禅とは程遠い言葉だからです。 禅が中国にもたらされたのは、菩提だるま(約1500年ほど前)のこと。佛心宗として寺僧の揺籃を得て、日本に伝えられました。欣求(ごんぐ)宗教の1派として成立しましたが、教外別伝・不立文字・・文字に書けない、仏陀の教え(仏教)の別のこととしてでした。別段、経典もなく、釈尊(仏像)に祈願することもなく、ひたすら面壁9年の達磨さん(坐禅…
・ ・ ・ 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。 ・ ・ {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・ ウィキペディア 死罪とは、江戸時代に庶民に科されていた6種類ある死刑のうちの一つで、斬首により命を絶ち、死骸を試し斬りにする斬首刑の刑罰のこと。付加刑として財産が没収され、死体の埋葬や弔いも許されなかった。罪状が重い場合は市中引き回しが付加されることもあった。 概要 盗賊(強盗)、追い剥ぎ、詐欺などの犯罪に科された刑罰である。強盗ではなく窃盗の場合でも、十両盗めば死罪と公事方御定書には規定されている。また、十両以下の窃盗でも累犯で窃盗の前科が2度ある場合、3度目には金額に関わらず自…
我が宗派浄土真宗本願寺派のお勤めでございます南無阿弥陀 南無阿弥陀法然先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀親鸞先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀 南無阿弥陀 今日は寒いのでございます南無阿弥陀 しかしながら私自身は寒いのが嫌なのでございます南無阿弥陀 ところが先祖筋は武家でございます南無阿弥陀 合戦が勃発した暁には、いざ鎌倉なのでございます南無阿弥陀 武家筋は、御大将を助ける為に命を投げ出すのでございます南無阿弥陀 またまた妻の為にも命を投げ出すのでございます南無阿弥陀 しかしながら我が宗派浄土真宗本願寺派は念仏三昧生活スタイルなのでございます南無阿弥陀 そこで南無阿弥陀…
遺書振り返りの続きが一向に終わらないので気分転換。4月から奈良大学に通うにあたり、初めてひとり暮らしをすることになった。ワンルームの新居がカオスと化すことを防ぐためには、部屋の片隅に積み上がる本の中から連れていくべきものを厳選する必要がある。 横に積むよりほかにどうしようもなくなった本たち そこで、新居の蔵書リストも兼ねて連れていく本たちをリストアップしていこうと思う。 歴史・文学に関する本 課題図書 短歌に関する本 小説 大学の勉強に役立ちそうな本 参考書系 1.歴史・文学に関する本 純粋な興味と大学での勉強のふたつの観点からこの分野の本は欠かせない。とはいえ専門的な本は持っていないので、そ…
真宗教義の少し難しい話が続きましたので、今回は少し視点を変えてみたいと思いました。 「三方よし」と言うことについて書いてみたいと思います。 「三方よし」は近江商人の経営理念であったと言われます。 三方とは「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」と言うことです。 自分の利得だけでなく、売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということが大体の意味になるようです。 経営コンサルタントのセミナーなどで「三方よしが大事」であるというような話を頻繁に見聞きします。 たしかに多くの示唆を与えてくれる概念でありますが、「三方よし」という言葉は、代表的な近江商人の家訓などをもとにし…
我が宗派浄土真宗本願寺派のお勤めでございます南無阿弥陀 南無阿弥陀法然先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀親鸞先生ありがとうございます南無阿弥陀 南無阿弥陀 南無阿弥陀 もう春でございます南無阿弥陀 やはり我が国は桜が好きでございます南無阿弥陀 しかしながら我が国の花は梅なのでございます南無阿弥陀 水戸梅祭りも修理するのでございます南無阿弥陀 私自身も梅酒を数多がぶ飲みしたのでございます南無阿弥陀 しかしながら次は桜の季節でございます南無阿弥陀 坂東地区の桜とえば、武蔵國は江戸の桜なのでございます南無阿弥陀 しかしながら武家筋は、桜を嫌う傾向が強いのでございます南無阿弥陀 桜は散るか…
父と母が入る納骨堂は苫小牧のお寺にあります。札幌に住む私は春・秋のお彼岸とお盆のほか、苫小牧に行ったときにはお寺に立ち寄ってお参りをします。昨日、春のお彼岸の最終日にお参りに行ったこと、また、納骨堂でいつでも父と母に会えることについて、お寺に感謝していることを書きました。しかし、この先の納骨堂の管理をどうしていくのか、自分の年齢的にも、先々の事を考えておく必要があります。 いまの納骨堂は2016年に購入し、8年が経過しています。費用の負担は、維持費・報恩講(ほうおんこう)経費として年間1万がかかります。建築物である納骨堂や備品である仏壇などは、経年劣化で傷んでゆきます。維持費は、経年劣化を遅ら…
2011-03-06人生観 「日常生活を念仏の縁として生きる」ある本に書かれているのが心にとまりました。こういう人生を送りたい。 〜 Nowとんのつぶやき 念仏者とならせて頂いても、徳が備わったり浄土真宗の理解が急に深まる訳ではありません。 ただ今助けるという本願に疑いが無くなった以外は何も変わりません。 「日常生活を念仏の縁として生きる」 私が主語・起点ではなく、阿弥陀様が主語・起点となるような、仏徳を仰ぐ生活が相応しいと思います。 すべて南無阿弥陀仏のおはたらきで救われたのですから。
(2017.03.20、7年前の納骨堂のお参りにて) 私は札幌に住んでいますが、父と母は苫小牧のお寺の納骨堂に入っています。お彼岸の最終日の今日、家族で納骨堂にお参りに行きました。お彼岸は、春分の日・秋分の日を中日とする7日間です。これから先は夏至まで、日が長くなりますね。暑さ寒さも彼岸までと言うとおり、最高気温も札幌は6.5℃、苫小牧は6.1℃まで上がり、もうそんなに寒くありません。苫小牧まで行きは、車の暖房も入れることはありませんでした。 父は税務署員でしたが、転勤で1995年7月に苫小牧に赴任、その後市内に新築のマンションを購入し苫小牧を永住の地としました。マンションの竣工年月は1996…