今はあの人のことなぞちっとも思いはいたしません。もう家を出て三月になりますが、わたくしはすっかり忘れてしまいました。何もかも忘れてしもうて、思い出すのもいやでござります。それに、今あの人と一緒になったところで何としましょう。わたくしはもうあの人と縁を切ってしまいました。誰もかれもすっかり縁を切ってしまいました。自分の家や道具なんぞ見とうござりませぬ、何にも見とうござりませぬ!」 「なあ、おかみさん」と長老は言いだした。「ある昔のえらい聖人《しょうにん》さまが、お前と同じように寺へ来て泣いておる母親に目をおつけなされた。それはやっぱり神様のお召しになった一人子のことを思うて泣いていたのじゃ。聖人…