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嘉吉の乱

(一般)
かきつのらん

西暦1441年に守護大名・赤松満祐が室町幕府六代将軍・足利義教を殺害したことに始まる。赤松満祐は幕府軍を迎え撃つべく領国播磨に下向。管領細川氏以下の有力守護大名は、赤松氏に加担している者がいるのではないか、と疑心暗鬼にとらわれたため、幕府は有効な手を打てぬまま、みすみす赤松氏を播磨へと見送ってしまったが、追討軍の編成後は山名持豊(宗全)の活躍もあって、赤松氏追討は順調に進み、赤松満祐は自害し、赤松宗家は一旦滅亡することになる*1
この事件によって室町幕府将軍の権威は大きく揺らいだ。

*1:後に傍流をもって再興される。

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