19世紀終わり、クウェートはオスマントルコからの独立を確保したがっていましたし、イギリスはドイツのベルリン・バグダット間鉄道建設を阻みたがっていましたので、イギリスはクウェートの外交を肩代わりし、首長国を保護領としました。 クウェートはバスラとメッカの間の交易と巡礼のルートになっており、昔から商業を営んできました。 また、ペルシャ湾岸は天然真珠が採れ、真珠の輸出がクウェート最大の産業でした しかし、世界大恐慌の影響を受け、サウジアラビア同様、巡礼者が激減し、商業は不振に陥入り、 さらに、日本の御木本幸吉が真珠の人工養殖技術の開発に成功し、1930年までに日本製の養殖真珠が世界の宝石市場からペル…