天文23年(1554年)〜寛永3年8月6日(1626年9月26日) 日本の安土桃山時代から江戸時代にかけて活動した武将。大名。 元々は浅井長政に仕えたがその後、織田家や豊臣家に仕えていた。関ヶ原の戦いでは西軍として参戦していたが、戦前に通款を明らかにしていた為、裏切り者ではなく当初からの味方と見なされ、戦後に徳川家康から所領を安堵された。江戸時代になると、淡路洲本藩主となり、後に伊予大洲藩初代藩主や龍野藩脇坂家初代となった。
日本国内における戦争でおそらく最も有名な戦い。大河ドラマでも、ましてや戦場にいた人物が主人公のパターンは過去3~4回しかない。否が応でも期待せずにはいられない回だった。時代は進み演出にはCG、AI、VFXを駆使出来る。皆様の感想はどうだっただろうか。 決着は早かったとはいえ、規模や参加武将の複雑な人間関係を考えれば本来到底1話で処理出来るスケールのものではない。そうなるとどこにそして誰に焦点を当てるかが重要になってくる。今回の大河ドラマは以前にも指摘したが演者が多いせいか1人1人の掘り下げが浅い。そうなると唯一託せるのは石田三成しかいない。 まずは戦闘シーン。VFXによる遠近視点が交差する。ド…
洲本城 by:photo-ac 第111回目は、淡路島にある洲本城と参りましょう。 ちなみ当ブログ管理人(筆者・花ちゃんの娘)は淡路島が大好き。 将来は移住したいなと企んでおります。 はい、では洲本城ですね。 洲本城は、淡路島の洲本市にある標高約135mの三熊山(みくまやま)山頂に築かれた、平山城です。 摂州(大阪・兵庫)から、泉州(大阪)、紀州(和歌山)におよぶ大阪湾に、紀淡(きたん)海峡を通って入って来る船舶を監視する位置にあります。 この天守は、昭和4年の天皇の御即位(御大典)を記念して建造されたもの。 昭和の城造りで、栄えある第1号のコンクリート造り模擬天守です。 「日本最古の模擬天守…
◯「危機の中の勇気」 22年前の出来事となりました。他の人のために生命を落とす、それが崇高に思われ、いつも涙を誘うのは、多かれ少なかれ、人はそうして生きてきたからなのでしょう。 <2001年1月、新大久保駅ホームで転落した人を助けようとして命を落とした韓国人留学生イ・スヒョンさん。6年後の同じ日、また転落事故が起き、助けようと線路に飛び込んだ人がいて、今度は助かった。その人は、スヒョンさんの本を読んでいた。 ひとつの勇気は、次の誰かを動かす。サンフランシスコ大地震、関東大震災、ロンドン大空襲、同時多発テロ、東日本大震災。危機の中の勇気の物語。 「映像の世紀バタフライエフェクト」(NHK)1/1…
<史料1> 淡路国三原郡之内壱万弐千四拾五石、津名郡之内弐千九百六拾石、都合壱万五千石、令扶助訖、全可領知者也、 天正十四年 十一月二日(花押) 加藤左馬助とのへ*1 (三、2005号) (書き下し文) 淡路国三原郡のうち一万二千四十五石、津名郡のうち二千九百六十石、都合一万五千石、扶助せしめおわんぬ、まったく領知すべきものなり、 <史料2> (包紙ウハ書) 「 脇坂中務少輔とのへ*2 」 淡路国津名郡のうち三万石、目録別紙*3相副、令扶助訖、全可領知者也、 天正十四年 十一月三日(花押) 脇坂中務少輔とのへ (三、2006号) (書き下し文) 淡路国津名郡のうち三万石、目録別紙*4相副え、扶…
医王山正智院泰平寺(たいへいじ)は鹿児島県薩摩川内市大小路町にある。かつての薩摩国の高城郡(たきのこおり)の水引郷(みずひきごう)のうち。 天正15年(1587年)、豊臣秀吉は島津氏を攻める。大軍勢を率いて薩摩国に入り、陣を置いた場所は泰平寺であった。豊臣軍は圧倒的な兵力で島津方を敗走させる。島津義久(しまづよしひさ)は降伏。そして、剃髪して泰平寺におもむいた。豊臣秀吉に面会し、降伏が正式に認められた。 豊臣秀吉が引き連れていた兵は10万以上とも。これほどの大軍勢が駐屯できる場所はそうそうない。泰平寺は大寺院だったことがうかがえる。 明治初めの廃仏毀釈で泰平寺は徹底的に壊され、伽藍跡などは残っ…
真田太平記(七)関ヶ原(新潮文庫) 作者:池波正太郎 新潮社 Amazon せっかくながら、柿は食えぬ。腹を病んでいるゆえ。 勇将島津義弘(66)を怒らせ、頼もしい宇喜田秀家に愛想をつかされた石田三成。なので毛利輝元に総大将をお願い。 あー、気になりすぎて本陣離れちゃったのね。 忍びの者が息を休めるときはこの世との別れのとき。 本多忠正、忠勝の長男。 上田城渡す渡さないの真田昌幸。結局渡すことにするけど、これも徳川秀忠軍を引き留める時間稼ぎ。 「角兵衛は昔から狂ってますよ。」ですね。 滝川三九郎、一益の孫。 鈴木右近、囲碁と昼寝の毎日。 小早川秀秋(19)、大谷吉継の病状が思ったよりひどくて西…
本作は、「著 ケン・セントアンドレ 翻訳:安田均/グループSNE」が権利を有する『トンネルズ&トロールズ完全版』の二次創作作品です。 (C)Group SNE 「トンネルズ&トロールズ完全版」 思いつくのがちょっと遅かったな。 ・第一部「小牧長久手」 信長亡き後、ついに対峙する秀吉と家康。羽柴軍か徳川軍に身を投じ、戦乱の世の終結をめざす。 種族は善のみ、タイプ・性別不問、1レベル限定。1d6を1回ふって敵将を決める。 羽柴軍 1羽柴秀吉 2羽柴秀次 3池田恒興 4森長可 5堀秀政 6滝川一益 徳川軍 1徳川家康 2織田信雄 3酒井忠次 4榊原康政 5本多忠勝 6井伊直政 敵将のMRは33+1d…
前史として、北条水軍、村上水軍、九鬼水軍にすいて書いてる。豊臣秀吉の全国制覇に従って、脇坂安治、加藤嘉明、藤堂高虎、などが船手組として編成される。慶長文禄の役では、西国の色々な船手集、海賊が動員されたが、統一的な動きをすることはなく、一番手柄を争ったりしていた。
戦国時代末期、松永久秀と熾烈な抗争を続けた筒井順慶は、織田信長、羽柴秀吉と畿内に君臨する天下人に臣従。 筒井氏は天下人の武力と権威を背景として大和の支配を進めたことで、中世以来の興福寺衆徒から近世大名へと転身しました。 一方、中世に筒井氏と大和の覇を競った越智氏、十市氏、古市氏は筒井氏被官として家名の存続を維持するのが精いっぱいという状況に零落し、箸尾氏や宇陀の秋山氏も筒井氏傘下の与力大名とならざるを得ませんでした。 筒井氏に反抗的な国人たちは、服従するか、粛清されるかの二者択一を迫られ、1559(永禄2)年の松永久秀による大和侵攻以来、反筒井の代表的国人であった柳生宗厳は元関白で信長と親しい…
録画していた韓国歴史劇『ハンサン-龍の出現-』(2022年/監督;キム・ハンミン)を観る。文禄の役における閑山(ハンサン)島海戦を描いた戦争活劇。 1592年、朝鮮に攻め込んだ豊臣秀吉の軍勢は漢陽を陥落させ、朝鮮王朝は滅亡の危機を迎えています。朝鮮水軍を率いる李舜臣(パク・ヘイル)は、日本軍の兵站を妨害するために活躍。脇坂安治(ピョン・ヨハン)は自軍の軍船に多大な被害を与えた亀甲船の秘密を探ります。秀吉から水軍で直接明国に攻め込むように命じられた脇坂は、大軍を率いて李舜臣との対決を決意。李舜臣は閑山島海域での決戦を決め、作戦を練ります。そして、従来の亀甲船の欠点を補う新型亀甲船の建造を開始し……
録画していた『バトル・オーシャン/海上決戦』(2014年/監督;キム・ハンミン)を観る。慶長の役における鳴梁海戦を描いた戦争活劇。 1597年、漆川梁海戦に大敗した朝鮮は、罷免していた李舜臣(チェ・ミンスク)を水軍の司令官に任命します。しかし、残されていた朝鮮水軍の軍船はわずか12隻。それに対して日本水軍は330隻。李舜臣は、流れが激しく刻々と変化する鳴梁海峡を戦いの場に選びます。海上戦にたけている来島通総(リュ・スンリョン)が日本軍の先陣として現れ…… 韓国人キャストが藤堂高虎(キム・ミョンゴン)や脇坂安治(チョ・ジヌン)など日本人武将を演じていますが、セリフは日本語吹替。カタコトの変な日本…
実際は今回の大河の宣伝企画です 失敗大河の最後の追い込みで、大河関連企画ばっかり打ち出しているこの番組ですが、今回も関ヶ原ネタと言うことで、明らかに大河絡み。そして今回はこの番組が売りにしているVRを出してきている。 前半は関ヶ原の合戦をVRで再現するというもので、まあこれはなかなか気合いが入っている。まずは鉄砲隊が打ち合いをしてから長槍隊が突入、最後に騎馬隊が突進して敵を蹴散らすという合戦の模様をVRで再現して、例によって千田氏がキャッキャと大興奮するという展開なんだが、正直なところこっちとしては「だから何なんだ」ってのが本音。まあ確かにVRは結構良く出来ていて、大河のあのショボい関ヶ原合戦…
🙇🏻まずは2ポチっと & を押して 貰えたら、やる気 ✖100倍 ポパイのホウレン草です ❢ は じ め に ご 挨 拶 本 編 歴史探求 伊賀上野城 概 要 お わ り に ご 挨 拶 糸屯ちゃんの掲示板 主催サークルのご案内 趣味のブログを楽しむ会 映画バンザイ!! NO MUSIC NO LIFE 洋楽好きのためのサークル 関西サークル ビバ!海外生活 食べるを楽しもうじゃない会 2016年にブログを創めた人のサークル ブログサークルコメント #ハッシュタグ(IN POINT) ランキングバナー、拍手、はてなスター、B!ブックマーク は じ め に ご 挨 拶 おはようございます …
2010年5月20日発行 馬上少年過ぐ 馬上少年過ぐ 世平らかにして白髪多し 残躯天の赦すところ 楽しまざるをこれ如何 伊達政宗が晩年に作った詩の第1句。平仄と押韻の正確さは油断もすきもない彼の計算能力をあらわすものではないか。政宗は生母の於義に嫌われた。於義は弟の竺丸を世継ぎにしようと画策した。毒を盛られた事件が起き、自ら弟を刺し殺し、また父が敵対する武将に捕らえられた際、親ごと敵を打てと命じるあたりは非情であった。戦国の英雄時代は去ろうとしており、信玄や謙信もこの世になく、信長は政宗が家督を継ぐ前に本能寺で斃れた。秀吉が織田の権益を相続し、北条、家康、長曾我部元親、島津義久が有力だったが、…
慶長5年(1600)9月15日に、徳川家康率いる東軍と、毛利輝元を総大将に担いだ石田三成率いる西軍が激突し、東軍が勝利して江戸幕府創設の端緒となった関ヶ原の合戦の古戦場。 豊臣政権内では、古くから福島正則に代表される武断派と、石田三成に代表される文治派との対立があったが、緩衝材の役目を果たしていた宿老格の蜂須賀正勝や秀吉の弟秀長が相次いで死去し、秀吉の老いによるバランス感覚の衰退も手伝い、両者の確執は決定的なものとなっていった。 慶長3年(1598)の秀吉の死後、五大老筆頭の家康は武断派を取り込み、武断派に近い北政所の支持も得、最大の実力者として行動し始める。これに対し、五大老のひとりである前…
柵が復元されている石田三成陣地跡 慶長5年(1600)9月15日の関ヶ原の合戦で、事実上、西軍の現地総司令官だった石田三成が陣を敷いた場所。歴史を少し知っている人間なら、笹尾山の方が通りが良いかもしれない。現地の碑に従い、名前を石田三成陣地跡としたが、陣所跡や陣跡、笹尾山石田三成陣跡とも呼ばれる。 通説に従うと、三成は、この笹尾山の麓に猛将島左近清興(勝猛)を、中腹に蒲生郷舎を配して、それぞれに馬防柵を作らせ、6千余の兵で細川忠興や黒田長政の1万以上の兵と相対し、緒戦では寡兵ながら西軍をよく支えたという。 だが、小早川秀秋の裏切りと、連鎖的に発生した赤座直保や小川祐忠、朽木元綱、脇坂安治の寝返…
監督は、キム・ハンミン出演は、パク・ヘイル、ピョン・ヨハン公開は、2023年3月こちらの映画にもピョン・ヨハンさんが主演『ミセン』に出演した俳優さんでは一番韓国でブレイクしてるんでしょうか
先日購入したゲームジャーナル別冊「激闘関ヶ原」をソロプレイすることに。元々のツクダ版をプレイしたのは10年以上前なので、だいぶ久しぶり。こういった軽いゲームは、さっさとプレイして、一回やっつけたことにしておこうと。 今回は、シナリオには無いけれど、開戦当初から小早川秀秋、朽木元綱、赤座直保などの諸隊が東軍として、第2イニングから自動的に参戦する形でプレイしてみた。近年そういった説も出てきているので、じゃあそれを「激闘関ヶ原」でプレイしたらどうなるのかと。史実的に戦闘が無かった桃配山以東は省略。徳川家康本隊も、なるべく動かしたくない。家康としては、すでに小早川も自軍についたのだから、諸大名たちだ…