天明6年(1786年)、菅江真澄はそれまでの仙台領胆沢郡から、東磐井郡大原に移り、芳賀慶明邸に滞在する。 天明3年に郷里を出てから、3年目であり、真澄は33歳である。 「はしわのわかば」は、4月から6月までの日記で、付近を巡遊し、正方寺、黒石寺、そして一関の配志和神社に詣でる。 大型本で、全三五丁であるが、残念ながらこれにも図絵はない。 大館市立粟森記念図書館の蔵本となっているが、これは後年秋田滞在の際に、改写したものだとされているが、この日記を記していた頃に描かれた図絵はどうなったのだろうか、気になるところである。 滞在中に、郷里の三河から恩師の植田義方氏から手紙を受け取っている。 この日記…