小説
著者大西巨人
一九四二年一月、対馬要塞の重砲兵聯隊に補充兵役入隊兵百余名が到着した。陸軍二等兵・東堂太郎もその中の一人。「世界は真剣に生きるに値しない」と思い定める虚無主義者である。厳寒の屯営内で、内務班長・大前田軍曹らによる過酷な“新兵教育”が始まる。そして、超人的な記憶力を駆使した東堂二等兵の壮大な闘いも開始された。
東堂太郎が回想する女性との濃密な交情。参戦目的、死の意義への自問自答は、女性との逢瀬の場で反芻されていた。村上少尉と大前田軍曹との異様な場面は、橋本・鉢田両二等兵による「皇国の戦争目的は殺して分捕ることであります」なる“怪答”で結着した。「金玉問答」「普通名詞論議」等、珍談にも満ちた内務班の奇怪な生活の時は流れる。やがて訪れる忌わしい“事件”の予兆。(解説・阿部和重)
「私の内面には、曖昧な不安が、だんだん増大しつつ定着していた。早晩必ず何事か異変が起こるにちがいない」。誰かスパイのような“告げ口屋”がいる―東堂太郎の抱く漠たる不安が内務班全体にも広がり始めた。丁度その頃、ついに“大事”が発生。続いて始まった“犯人探し”は、不寝番三番立ち勤務の四名に限られた。その渦中に登場する冬木二等兵の謎めいた前身……。(解説・保坂和志)
http://www.kobunsha.com/book/HTML/bnk_73376_X.html
http://www.k-hosaka.com/nonbook/kigeki.html (保坂和志氏の解説)
太平洋戦争勃発直後、対馬要塞に補充兵として召集された主人公の三ヶ月を、四半世紀の歳月をかけて描いて延々全五巻、四千七百枚の大長編小説。新兵・東堂太郎が抜群の記憶力を駆使して軍隊上部に対する「合法闘争」を企てるそのすがたは、間違いなく、この国の「戦後文学」最大最良の異観に達し、ここでは、内外の詩文から法規、軍律の成文法にいたるまで、およそ言葉という言葉の些末に淫して途方もなくフェティッシュなこだわりが、そのまま、戦争と文学とに対する抵抗としての否認に通ずるといった生動が、しばしば爽快きわまりない哄笑とともに沸き立っている。作者じしんの自負するとおり、一遍に比べるなら、野間宏『真空地帯』なぞほとんど屁でもないし、さらにとりわけ、些事が些事を呼び、引用に引用を重ね、傍注に傍注を継ぐその自在にして朗らかなエクリチュールのただなかで、主人公の当初の「ニヒリスム」が、次第に、一種感動的な「倫理(エチカ)」に変じてゆくさまは、凡百の教養小説を遠く凌駕する魅力を湛えているだろう。
渡部直己
『リテレール別冊 安原顕編集 文庫本の快楽 ジャンル別ベスト1000』(メタローグ)
ISBN:4839800022
作画 のぞゑのぶひさ、監修 岩田和博『漫画 神聖喜劇』全6巻(企画・編集 株式会社メタポゾン 発行 幻冬舎)
第11回手塚治虫文化賞(2007年)・新生賞受賞
第36回日本漫画家協会賞(2007年)・大賞受賞