平成10年代、出張で複数の会社所属の数名からなる一行に加わり2泊3日で長野県を縦断した。行きは軽井沢まで、帰りは長野から東京まで、まだ「長野行新幹線」と呼称されていた“あさま”で往復した。団体行動なので鉄道風景にカメラを向けることは遠慮し、残念ながら写真には何も残せなかった。 軽井沢も佐久平も地平の新幹線駅で驚きであった。かつての信越本線は「しなの鉄道」と名前を替え塗色のちがう165系が走っていた。地元職員の迎えの車でまだ片側1車線の上信越自動車道を北上する。この地の鉄道模様は趣味誌で少し頭に入っていたので、信越本線は屋代で長野電鉄と連絡し国鉄が乗入れていたこと、上田交通は丸窓電車がいたこと等…