久々「鎌倉殿の13人」の話題 鎌倉幕府が成立して以来、頼朝が死んでからの御家人同士の争いが本当にこれでもか、というくらいに続きました。 梶原景時に始まり比企能員、二代将軍源頼家の暗殺、そして京都で時政とりくの息子北条政範の死がきっかけで、畠山重忠とまあ、よくもまあこれだけ次々と、という感じで御家人が滅んでいきます。 牧氏事件では人は死なずに済みましたが、これだけ誰かがいなくなるとそのあとに権力争いが出てくる、 以前源氏の親戚同士の殺し合いも前から続いていましたが、なぜこんなにも武家、御家人同士の殺し合いが絶えないか、というと一言でいえば以下の原因が揚げられるのかもしれません。 1.「絶対的に強…