かつてJリーグに加盟していた、神奈川県横浜市を本拠地とするプロサッカークラブ。略称は横浜F。
前身は全日空サッカークラブ。
ホームスタジアムは横浜市三ツ沢公園球技場、横浜国際総合競技場。
同じ三ツ沢をホームとする横浜マリノスとの横浜ダービーも有名。
サポーターズソングは「Victory」。
1998年シーズンを最後に、横浜マリノスに吸収合併され消滅。横浜マリノスは「横浜F・マリノス」と改称。フリューゲルスはチーム名の中の「F」として存続、との説明がなされた。フリューゲルス時代の優勝回数等の記録は、横浜F・マリノスには引き継がれない。
1998年10月29日、共同スポンサーである佐藤工業の経営不振による撤退を理由に、全日空は横浜マリノスとの合併を決定。
「横浜フリューゲルスは今シーズン限りで横浜マリノスと合併。チーム名のマリノスの前に「F」を入れることでフリューゲルスは存続する」という強引な説明は、熱心なサポーターたちから強い反発を受けた。
合併決定後のフリューゲルスの戦い振りはまさに鬼神のごとく、直後のセレッソ大阪戦に7-0で大勝したのを皮切りに、その後も4連勝とシーズン戦に有終の美を飾った。
その直後の天皇杯では、シーズン終盤の勢いを保ったままトーナメントで快進撃を続ける。
対大塚戦を4-2、対甲府戦を3-0で勝ち上がったあと、ジュビロ磐田を2-1、鹿島アントラーズを1-0という接戦で下し、とうとう決勝へ進出する。
迎えた1999年1月1日、その日は天皇杯決勝戦の日であり、フリューゲルス消滅の日だった。
清水エスパルスに先制されるたフリューゲルスは、後半の巻き返しで見事2-1と勝利。
天皇杯を手にした翌日、シーズン終了をもってマリノスに吸収合併され、フリューゲルスは消滅。カップ戦で日本一に輝きながら消滅するという、前代未聞のチームとなった。
その後、合併に至る一連の経緯を良しとしないサポーターを中心に、横浜FCが創立された。
*1:出資企業の全日空と佐藤工業のイニシャルによる