放送作家、社会学者。1958年生まれ。日本大学法学部卒業。立教大学大学院修士課程21世紀社会デザイン研究科(危機管理学専攻)修了。サラリーマン時代に、野村芳太郎・井上和男と知り合い、映画・ドラマの企画・脚本を手掛けるようになる。CMやテレビ番組の企画・演出・構成にも携わり、愛知万博フィナーレを担当。企業のマーケティングアドバイザー、広報及び危機管理コンサルタント、立教大学大学院社会学研究科博士課程後期在学中(不祥事史・危機管理・メディアリテラシー専攻)でもある。
フランス料理を代表するすぐれたグラン・シェフ。
1921年、東京生まれ。
1940年、帝国ホテル入社。
1961年、第11代帝国ホテル料理長就任。
1996年、帝国ホテル料理顧問。
代表的著作は、
『帝国ホテル 村上信夫のフランス料理』(1999年、柴田書店刊、ISBN:4388058440)
『愛蔵版 村上信夫のフランス料理』(1990年、中央公論新社刊、ISBN:4120019586)
前者は、ホテル料理としての氏の代表的料理を写真とレシピでつたえたもので。後者は、一般読者が家庭でつくるためのレシピ・ブックである。
自伝としては、
『帝国ホテル厨房物語 私の履歴書』(2002年、日本経済新聞社刊、ISBN:4532164141)
そもそもフランス料理は、20世紀初頭、料理人エスコフィエの手によって、大系化されたものであり、いまなおそれは規範であり続けている。いわゆるヌーヴェル・キュイジーヌと呼ばれる料理革命が巻き起こった1970年代以降、その拘束力はやや弱まりはするが。
村上信夫はエスコフィエの直系ともいうべき、料理人としての古典的骨格をそなえている。他方、テレビの創成期には、人なつこい口調と、手取り足取りな教え上手ぶりで、日本の家庭料理の啓蒙につとめた。また東京オリンピックでは、世界中から集まる選手たちへ供じる料理を、総合的にディレクションした。また、日本を代表するフランス料理のシェフでありながら、『ニッポン人の西洋料理』のレシピ・ブックも著し、コロッケ、チキン・ライス、マカロニ・サラダの磨きあげられたレシピも著した。
私生活では、犬好きとしても有名。柔道家でもある。
2005年8月2日、午前6時、心不全のため死去。