福澤諭吉が居合の達者であったのは、こんにちではもう随分と人口に膾炙された話であろう。 さる剣客がその刀勢を目の当たりにし、腰の落ち着きぶりといい、裂かれる大気の断末魔といい、「もしあれほどの勢いで斬りかけられたら、例え受け止めたとしても、受け太刀ごと両断されるに違いない」と嘆息混じりに語ったと。 (中山博道範士による試刀の図) これは紛れもなく事実であった。福澤の書簡を手繰ってみると、 還暦過ぎの老躯を以って、 刀身二尺四寸九分・目方三百十匁の太刀を、 雄叫びと共に抜き放ち、踏み込みして宙を斬り、鞘に納める一連の動作を、 一日千回から千二百回、しかも一度も休みを挟まず――「午前八時半から午後一…