編集者、SF研究家、映画評論家、翻訳家。または「怪獣博士」。
1936年生まれ。慶応義塾大学卒。本名・四至本豊治。父親に、戦前に活躍した国際ジャーナリスト四至本八郎。
大学在学中からテレビ番組のシナリオを手がける。ミステリやSFの評論活動(SF作家クラブの事務局長も勤めた)の他に、特撮映画、SF映画の研究も行う。
「ウルトラマン」制作中の円谷プロに出入りし、自身の発案で「怪獣図鑑」を構成・執筆し、そのリアルな設定で子どもたちを魅了する。
また1966年から1972年まで「少年マガジン」誌のグラビア「大百科」を企画・構成。一時期表紙に横尾忠則が起用されたのも氏の案によるもの。未来社会、劇画、怪獣、怪奇などを図解し、独自の美意識で構成されたグラフィックで当時の少年たちのイマジネーションに強く訴えた。
1973年1月27日急逝。