歌人。六歌仙の一人 生没年・伝未詳(810の頃か)。 宇治山(三室戸の奥)の僧らしい。三室戸の奥には喜撰ヶ岳があり、中腹には喜撰洞もある。 川柳とお茶で有名な「上喜撰」もこの宇治の地名からきている。 古今集に収められた「わかいほはみやこのたつみしかそすむよをうちやまとひとはいふなり」の歌 以外に伝えられていないので、その存在は疑問視されている。
しめやかにお話をあそばすうちに夜になった。 十五夜の月の美しく静かなもとで 昔をお忍びになって帝はお心をしめらせておいでになった。 お心細い御様子である。 「音楽をやらせることも近ごろはない。 あなたの琴の音もずいぶん長く聞かなんだね」 と仰せられた時、 わたつみに 沈みうらぶれ ひるの子の 足立たざりし 年は経にけり と源氏が申し上げると、 帝は兄君らしい憐《あわれ》みと、 君主としての過失を みずからお認めになる情を優しくお見せになって、 宮ばしら めぐり逢ひける 時しあれば 別れし春の 恨み残すな と仰せられた。 艶《えん》な御様子であった。 🌷🎼あの日の僕たちへ written by …
深夜の澄んだ気の中であったから、非常に美しく聞こえた。 入道は感動して、 娘へも促すように自身で十三絃の琴を 几帳《きちょう》の中へ差し入れた。 女もとめどなく流れる涙に誘われたように、低い音で弾き出した。 きわめて上手である。 入道の宮の十三絃の技は現今第一であると思うのは、 はなやかにきれいな音で、聞く者の心も朗らかになって、 弾き手の美しさも目に髣髴《ほうふつ》と描かれる点などが 非常な名手と思われる点である。 これはあくまでも澄み切った芸で、 真の音楽として批判すれば 一段上の技倆《ぎりょう》があるとも言えると、 こんなふうに源氏は思った。 🌸🎼辺の夜桜 written by のる🌸 …
もったいないお手紙を得ましたことで、 過分な幸福をどう処置してよいかわからぬふうでございます。 それをこんなふうに私は見るのでございます。 眺むらん 同じ雲井を 眺むるは 思ひも同じ 思ひなるらん だろうと私には思われます。 柄にもない風流気を私の出しましたことをお許しください。 とあった。 檀紙に古風ではあるが書き方に一つの風格のある字で書かれてあった。 なるほど風流気を出したものであると源氏は入道を思い、 返事を書かぬ娘には軽い反感が起こった。 使いはたいした贈り物を得て来たのである。 【源氏物語 13帖 明石(あかし)】 連日のように続く、豪風雨。 源氏一行は眠れぬ日々を過ごしていた。 …
それがあってから藤壺の宮は宮中から実家へお帰りになった。 逢う機会をとらえようとして、 源氏は宮邸の訪問にばかりかかずらっていて 左大臣家の夫人もあまり訪わなかった。 その上 紫の姫君を迎えてからは、 二条の院へ新たな人を入れたと伝えた者があって、 夫人の心はいっそう恨めしかった。 真相を知らないのであるから恨んでいるのがもっともであるが、 正直に普通の人のように口へ出して恨めば自分も事実を話して、 自分の心持ちを説明もし慰めもできるのであるが、 一人でいろいろな忖度をして恨んでいるという態度がいやで、 自分はついほかの人に浮気な心が寄っていくのである。 とにかく完全な女で、欠点といっては何も…
「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、 私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって 愛撫《あいぶ》なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」 と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。 こんな光景を見た。 苦しい襲われた気持ちになって すぐ起きると、 その時に灯《ひ》が消えた。 不気味なので、太刀《たち》を引き抜いて枕もとに置いて、 それから右近を起こした。 右近も恐ろしくてならぬというふうで近くへ出て来た。 「渡殿《わたどの》にいる宿直《とのい》の人を起こして、 蝋燭《ろうそく》をつけて来るように言うがいい」 「どうしてそんな所へまで参れるものでございますか、 暗うて」 「…
源氏よりは八歳上の二十五であったから、 不似合いな相手と恋に堕《お》ちて、 すぐにまた愛されぬ物思いに沈む運命なのだろうかと、 待ち明かしてしまう夜などには 煩悶《はんもん》することが多かった。 霧の濃くおりた朝、帰りをそそのかされて、 ねむそうなふうで 歎息《たんそく》をしながら源氏が出て行くのを、 貴女の女房の中将が格子《こうし》を一間だけ上げて、 女主人に見送らせるために 几帳《きちょう》を横へ引いてしまった。 それで貴女は頭を上げて外をながめていた。 いろいろに咲いた植え込みの花に心が引かれるようで、 立ち止まりがちに源氏は歩いて行く。 非常に美しい。 廊のほうへ行くのに中将が供をして…
宇治川に架かる観流橋と大吉山 喜撰法師(8番)🦌古今集 雑下・98 🌿我が庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり 〜私の庵は都の東南にあって、このように平穏に暮らしている。 なのに、世を憂いて逃れ住んでいる宇治(憂し)山だと、世の人は言っているようだ。 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり その宇治山は現在 喜撰山きせんやまと呼ばれてハイキングコースになってるようです🗻 なんだかよく分からないけど、あれこれ言われてるらしいな😅 でも、私はのんびり平穏に暮らしているんだよ🌿 ちょっと苦笑いしてい喜撰法師様を想像してしまった( ̄∀ ̄) ハイキングコースとしても、楽し…
百人一首の八首目の作者は喜撰法師。 九世紀頃の人で、小野小町などと同時代に生きたと考えられています。 今回は喜撰法師について紹介します。 喜撰法師とは 時代背景 百人一首の歌 喜撰法師とは 宇治の御室戸の奥に住んでいたようです。 鴨長明の「無名抄」にも、喜撰が宇治の山中に住んでいたと紹介されています。 山の中に住んでいて、実は仙人だったとか、不老長寿の薬を作っていたとか、天上に飛び去ったとか、いろいろと言われています。 喜撰の歌にも、世間の目から離れた暮らしを身軽に楽しむ雰囲気が読み取れますね。 時代背景 平安時代の初期の頃になります。 最澄や空海が中国から帰国してそれぞれの宗派を教え始めた時…
競技カルタの人気も根強く、百人一首を一般教養として見る風潮もあります。 しかしそれをまともに研究対象とすることはあまりなく、著者も文学者として百人一首を対象として取り上げることに対しては周囲からいろいろと批判をされてきたそうです。 それでもこれは調査し考察するには十分に骨のあるものであると信じ、長年研究を続けてきたそうです。 そんな著者が、百人一首入門者から少し読み進んできた人向けに「ややレベルの高い入門書」として本書を書きました。 平安時代から鎌倉時代にかけて、多くの人々により様々な和歌を集めた秀歌撰(アンソロジー)というべきものが作られました。 百人一首もその一つであるというのが従来の感覚…
晴。 正午起床。 かなりの強風。 洗濯を諦める。 東銀座。 16:15、歌舞伎座、「三月大歌舞伎」夜の部。 「通し狂言 伊勢音頭恋寝刃」。 福岡貢、幸四郎。 今田万次郎、菊之助。頼り無いつっころばし、好演。 お紺、雀右衛門。 万野、魁春。露骨な演技では無い意地の悪さの表出に、感服。肚の芝居。 喜助、愛之助。 お鹿、彌十郎。醜女の役だが、女形としてその物理的な巨大さに驚く。 「喜撰」。 喜撰法師、松緑。最近はめっきり踊りでの出番増える。コロナ前にはほぼ無かったが。 お梶、梅枝。 所化役として若手どっさりだが、誰が誰だか区別付かない程。 20時45分終演。 松戸。 「ガスト」。 作業しようと思って…
3月の千穐楽で、夜の部。 『伊勢音頭』のあとは、『喜撰』です。『伊勢音頭』が結構凄惨なので、そのあと『喜撰』でよかったですねえ。華やかで多幸感いっぱいになって帰路につくことができました。古今和歌集で優れた歌人として挙げられた6人のうちの一人が喜撰です。この6人は六歌仙と呼ばれるようになります。 優れた歌人といっても、確定される歌は一首しかないそうですし、詳しいことはわかっていない人物らしいのですが、粋でちょっとエロくて、洒脱なお坊さんがお梶という茶くみ女にちょっかいを出します。舞台全体が、桜満開で華やか。喜撰法師はヒョウタンを下げた桜の枝を担いで登場です。ひょうひょうとしていて軽やかに花道で踊…
写真AC 平安時代のモテ男の条件。 それは、イケメンで和歌が上手いこと。 この2つの条件を満たした貴公子こそ、在原業平です。 彼をモデルにした「昔男」が主人公の小説が『伊勢物語』です。 教科書でもたびたび登場するので、高校生にとっては馴染みの人物かもしれません。 今回は『伊勢物語』の中でも「かきつばた」の歌で有名な章段を取り上げます。 ランキング参加中図書室 『伊勢物語』とは 主人公のモデルはイケメンの在原業平 ジャンルは歌物語 「東下り」の登場人物 男 もとより友とする人 「東下り」のわかりやすい現代語訳 男はなぜ東(東国)にいったのか 東はどこ? 最有力の失恋説 出世が望めず地方に移住 「…
三月歌舞伎座夜の部を観劇。入りは八分といったところか。幸四郎・菊之助・愛之助・松緑と花形が揃った。この四人が同じ部に出ると云うのは、近年では珍しいのではないだろうか。実に結構な座組。こう云う組み合わせを、もっとどしどしやって貰いたいものだ。大名題の名人芸も勿論観たいが、年齢が年齢だけに、余り無理をさせてはいけない。やはりこの年代がどしどし働かねば、歌舞伎界の明日はない。 幕開きは『伊勢音頭恋寝刃』。歌舞伎座では珍しい通し狂言だ。しかも幸四郎・菊之助・愛之助と揃う大一座。名前を見ただけでわくわくする。幸四郎の貢、菊之助の万次郎、愛之助の喜助、彦三郎の正太夫、歌昇の林平、新吾のお岸、廣太郎の大蔵、…
平安時代について断片的な知識しかなかったので、 平安時代の出来事を年表にまとめた。 参考 平安前期 平安中期 平安後期 平安時代の文化 悪霊と祈祷の時代 平安時代の出来事 平安前期の出来事 781年 (天応元年) 桓武天皇 即位 794年 (延暦13年) 平安京に遷都 800年(延暦19年) 富士山が噴火 (延暦の大噴火) (805年 (延暦24年) 最澄 が 比叡山延暦寺 を創建 806年 (大同元年) 平城天皇 即位 806年 (大同元年) 空海が 高野山金剛峯寺 を創建 807年 (大同2年) 伊予親王の変 809年 (大同4年)(809年) 嵯峨天皇 即位 810年 (大同5年) 薬子…
『伊勢音頭恋寝刃』の通し。いつもは「油屋」と「奥庭」だけの上演だが、まれにに通して上演されることもある今作。結論から言えば、やはり「油屋」ははまった役者を得たときに、いまだその価値を失わない名作であるという話である。 通しとなった場合に問題となるのは、福岡貢という人物に、大詰の「油屋」とそこまでの場における役の一貫性だろう。「油屋」での貢はいわゆるピントコナとよばれるものの典型で、和事のやわらかさと立役の強さをあわせもった役である。しかしながら「油屋」にいたるまでの貢には、それほど和事的な要素がみられないため、そのバランスをどうとるかというところがむずかしい。幸四郎は身体のつかいかたにおいては…
周防柳という女流作家の「逢坂の六人」という小説を読みました。昨年の今頃から積読状態となっていたのですが、ようやく読破しました。最近私は積読とはいってもKindle内に保存しているものが殆どで、実際に積み上げているのは少ないのですが、この作品はその数少ない中の1冊です。周防柳さんの作品はKindle化されていないものが多く、以前読んだ「高天原」という作品もそうでした。 逢坂の六人 (集英社文庫) 作者:周防 柳 集英社 Amazon www.boon-senior.com 「逢坂の六人」の「逢坂」とは、今の滋賀県大津市逢坂で、「逢坂の関」として有名な山城国と近江国の国境の関所があったところです。…
1天智天皇 (詳しくは↓のブログのリンクに書いてあります🌷) #秋の田のかりほの庵の苫を荒みわがころも手は露に濡れつつ https://syounagon.hatenablog.com/entry/2022/08/19/171354 2持統天皇 #春すぎて夏来にけらし白たへのころもほすてふあまの香具山 https://syounagon.hatenablog.com/entry/2022/08/21/175706 3柿本人麻呂 #あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む https://syounagon.hatenablog.com/entry/2022/08/25/210…
誕生日!!おめでとうございます!!! 1993年(平成5年)~1999年(平成11年)生まれの人の本質・適職・伝言を載せています 誕生花:諸説あります。お花を楽しんでくださいね フクジュソウ スノードロップ フクジュソウ *2020年のツイート*~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 今年は「和」がキーポイント XJAPAN YOSHIK I さんの着物ブランド YOSHIK I MONO (ヨシキモノ) 革新的なデザイン 誕生花 福寿草 花言葉 「幸福」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ *2021年のツイート*~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 誕生花 フクジュ…
誕生日 おめでとうございます!! 誕生花:諸説あります。お花を楽しんでくださいね フクジュソウ スノードロップ フクジュソウ *2020年のツイート*~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 今年は「和」がキーポイント XJAPAN YOSHIK I さんの着物ブランド YOSHIK I MONO (ヨシキモノ) 革新的なデザイン 誕生花 福寿草 花言葉 「幸福」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ *2021年のツイート*~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 誕生花 フクジュソウ 花言葉「回想」回想 今日は 尋常ではない1年だった昨年を 回想する・・・・・ 新たな1日の…
今年は、11月になっても暖かい日が続いています。表題に「霜月」と書くのはふさわしくないかなと思っていたら、東博本館10室に鈴木晴信の『風流四季哥仙・神楽月』という作品が展示されていましたので、旧暦11月のもう一つの呼び名「神楽月(かぐらづき)」とすることにしました。 その絵は、父親が女の子を肩に担いで、家族で七五三の宮参りに向かう江戸風俗を描いたほのぼのとした作品です。上段に「杉たてる門はなけれと里かくら 是や宮井のはしめなるらん」という歌が記されています。 鈴木晴信『風俗四季哥仙・神楽月』江戸時代・18世紀 中判 錦絵 それでは、3室『阿弥陀聖衆来迎図(あみだしょうじゅらいごうず)』をご覧く…
宇治 西国三十三所の霊場は、奈良の都を後にして、京都盆地の南方の、宇治の地へと向かいます。宇治と言えば、平等院鳳凰堂を連想される方も多いでしょう。十円玉に刻まれた優雅なお堂は、この国を代表する、貴重な文化遺産です。 宇治はまた、宇治川の流れとも、切り離すことはできません。数々の歴史を刻んだこの川は、近江の国の琵琶湖から、とうとうとした流れをつくり、宇治の地を下ります。 宇治川越え 次の札所は、第10番の三室戸寺(みむろどじ)。宇治の街の東に連なる山裾に、その境内を構えます。 奈良方面から向かう場合は、JR宇治駅を左に認めたすぐ先で、宇治川を渡ります。その先は、京阪線の宇治駅を左手に見過ごして、…
2015年12月1日第1刷発行 秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露に濡れつつ 天智天皇 春過ぎて夏来にけらし白砂の 衣ほすてふ天の香具山 持統天皇 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む 柿本人麻呂 田子の浦にうち出でてみれば白砂の 富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人 奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ秋は悲しき 猿丸太夫 かささぎの渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける 中納言家持 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山にいでし月かも 安倍仲麿 わが庵は都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり 喜撰法師 花の色はうつりにけりないたづらに わ…
主婦と兼業の更新記録です。 主婦と兼業について 鑑賞◆小倉百人一首◆(noteマガジン)より 今橋愛と花山周子で小倉百人一首の鑑賞を交互に行っています。毎週、月、木で更新しています。→月曜更新に変更しました(花山は月曜に更新できない場合も多々あり) ※奇数番号の歌を花山周子が偶数番号の歌を今橋愛が担当していますが、ときに狂う場合がありそうです。また、花山は順番通りでありますが、今橋は書きたいものから書いていくので、番号が前後しています。 2023年 9月11日/今橋22番 吹くからに秋の草木の 9月6日/花山35番⑤ 人はいさ心も知らず 8月28日/今橋82番 思ひわびさても命は 8月23日/…