音楽評論家。
1913年、東京生まれ。クラシック音楽の評論家として活躍。小林秀雄、大岡昇平、中原中也らと親交を持つ。いってみればあの時代の文壇の「最後の生き証人」と言えるかもしれない。
1982年に紫綬褒章を、2006年に文化勲章を受章。2012年5月に急性心不全のため死去。
彼の評論は、「感覚的」「エッセイもどき」と呼ばれることが少なくない。しかし著作を丹念に読めば、豊富な音楽的な知識と、楽譜に対する深い読みに裏付けられた上での「感覚的な」評論であることがわかる。
amazon:吉田秀和
読解力があるうちに、この人のものをもっと読んでみたかった。基礎教養があまりに足りなくて、果せなかった。 とある吉田秀和評に、こんな一節があった。音楽の吉田秀和、美術の高田博厚、文学の小林秀雄。三人の文章を、たんに音楽論・美術論・文学論として読むべきではない。ジャンルの垣根を越えた芸術思想論・哲学論として読むべきだ、と。高田博厚と小林秀雄はすでにわが読書範囲に入っていたから、いっこうに不案内だった吉田秀和という名に、新たに強烈なスポットライトが投じられた想いがした。 志の背丈が高い、怖い人を想像した。だが NHK 教育テレビに出演して音楽解説する姿は違った。白髪混りの長髪姿に含羞ただよう温厚な表…
好きな西洋近代画家はと問われれば、ロートレックだ。ゴッホでもルノワールでもない。 トゥールーズ一帯を領地とする領主の息子だった。貴族の家柄である。幼少期に落馬するなど二度の大怪我で脊椎損傷し、下半身の成長が止った。躰の三分の二が上半身という矮人である。貴族邸の跡取り美丈夫の可能性が塞がって、父親はさぞ落胆したことだろう。 パリへ出て、遊興の巷に身をひそめた。酒に溺れた。当時大盛況だったキャバレー「ムーランルージュ」に入り浸った。相手になってくれた女性といえば、踊子や歌手それに娼婦たちだった。細やかな思いやりから好かれはしたが、恋愛だの同棲だのに発展すべくもなかった。庶民には縁遠い地方貴族の御曹…
吉田秀和による1983年のホロヴィッツの批評全文を初めて読む。読み終える頃には少しばかり目頭が熱くなった。www.asahi.comクラシック音楽批評はオーディオ批評と似たようなところがあって、評者のポエムに陥りがちな側面があると思っているのだけれども(だからといって全てが読むのに値しない、というわけではもちろんない)、氏の文章は的確な表現を用いて的確に評している。この文章はもっと早くに読んでおくべきだった。批評を記すまでの蓄積ももちろんのこと、目の前にあった出来事、事象、演奏を、自慰に陥らない文章として提示する、その姿勢とペンの強さに感銘を受けた。もちろん自分が氏の真似事をするような文章を記…
日本を代表する音楽評論家の吉田秀和さんの初期著作の文庫新刊を読み、改めて学びがありました。 彼のドキュメンタリーを観たとき、締め切りが近づく中で、ペンを握る手が汗で滑りながら深夜から朝方までかけて脱稿した旨の回想がされていました。その時に書いていたのがこの著作だったそうです(あとがきにもこの事は書かれていました) クープランに始まり、当時の前衛であったショスタコーヴィチまで66曲がとりあげられています。 書かれた年代が1950年代初頭という事もあり、ヒンデミットやオネゲルも存命、そして後年の彼ならば取り上げないであろう―注文仕事、ビギナー向けの作品紹介という側面もあるでしょうが、リストのハンガ…
今号をもって休刊となる本日発売のレコード芸術を購入。 いつもより多めに入荷しているようで、通常の倍くらい在庫がありました(さすがに発売当日に完売などという様子は無かったです) ペラペラと中身を見ましたが、[特集1]はじまりの交響曲ー何故か「交響曲の父」ハイドンとメンデルスゾーンが入っていません。両曲共に個人的に好きな作品なのですが。あとニールセンも。 せっかく最終号に「はじまり」を持ってきた意図を述べているのですから、各作曲家の交響曲の「はじまり」への意気込みが体系的に解る特集になっていればと・・・。 それにしても71年の長きにわたり、企画・編集・寄稿など歴代の編集者、評論家など出版に携わった…
河出文庫2011 吉田秀和没後10年に出た新装版。 今や音楽評論家は皆無といっていい。クラシックコンサートの下調べで批評を探してみても、ほぼほぼ絶賛する記事。どんな一流でも出来の悪い回はあるはずなのに、ほとんど見当たらない。これで良いのかと思ってしまう。聴くほうの好みの問題で決して片付けられない、知識と感性に溢れた評論。 フルトヴェングラーの演奏については読んで、実際に音源を聴くのが一番分かりやすい。大きく変わるテンポがその特徴だということだけ書き留めておく。 "フルトヴェングラーのケース"では音楽的な面以外のところが考察されている。そして最後の丸山眞男との対談でもそのあたりについてがテーマに…
気温摂氏15.3/23.0度。曇のち晴。天気予報はアテにならず。 早晩に会席の約あり。泉町2の〈心まい〉。このコロナ禍にあつて家人か誰か極親しいお人と差し向かひで外飲みはあつても、四、五人で卓を囲むこともなく思ひ返せば丁度2年前に或る集まりで焼き鳥屋に行つて以来。水戸のかつての繁華街の中で3階だてのビルの裏手にひっそりと佇む戦後の民家を改造。アタシにとつては地元も地元。上手に内部を改造してなかなか風情あり。風通しも良いが今どき全面喫煙可でやはり喫煙客が多くタバコ臭が流れ放題にはまことに閉口。 この隣で今は駐車場になつてゐるところが元の川又書店。水戸で明治5年創業の大店の書店。今でも水戸駅ビルと…
陰暦二月十九日。気温摂氏5.5/12.8度。晴。春分の日。 水戸市立図書館(美和図書館)が企画した歴史講座「水戸市立図書館デジタルアーカイブで見る水戸の城下町」は当初2月5日に(市立図書館ではなく)県立歴史館で開催が予定されたが水戸市の特色あるマンボウで公共施設の土日利用不可となり水戸市内の県立の施設は歴史館も含め通常通り開放されてゐたが、この講座は延期に。それが本日開催。講師は茨城大学名誉教授の(ブラタモリ水戸編にも出演されてゐた)小野寺淳先生(研究者紹介-茨城大学)。歴史地理学が専門で水戸の城下絵図が実測によるもので現在の地図の上に当時を復元。かうした精緻な復元は精度の高い城絵図が当時作成…
甲辰年三月十五日。気温摂氏13.7/20.5度。曇。春の朧月も十三夜に少し眺めただけ。 今月17日深夜(日付は18日)のNHKラヂオ深夜便(深夜便アーカイブス)で昨年12月末放送の俳優・三上博史の回再放送のところ当日は豊後水道での地震あり。緊急放送で、この放送予定が飛んで三上博史の芸談を聞く機会逸したが同番組がYouTubeにあつた。 三上博史「寺山修司さんからの贈りもの」NHKラジオ深夜便 - YouTube 「写真は無垢に見えるが自分からみると当時がいちばんズル賢かつた」と三上博史。高校1年(神奈川県立多摩高校)のとき寺山修司の誘ひで映画(草迷宮)に出演するが本人には「エリートとしての将来…
だいぶ前になりますが、音楽評論家の吉田秀和が、歳を取ればもっといろんなことがわかるようになると思っていたが、全然そうではなかったという意味のことを、どこかに書いていたのを読んだ記憶があります。 私も、これまで五十年以上生きてきましたが、自分で自信を持って確かにわかったと言えるようなことは、ほとんどありません。そんななかで、これだけは本当に腹に落ちたと思えることが、一つだけあります。 それは、「言葉」です。 言葉には、間違いなく「美味しい」言葉と「不味い」言葉とがある。そしてそれは、私たちが普段食べ物を口にしたときに感じるものとほとんど同じ感覚に属している。 言うなれば、言葉にも、食べ物と同じよ…
四月七日 バタバタと開店準備、なんとか間にあったので、のんびり日記 金曜の深夜に出発し、土曜日の深夜にかえってくる0泊ほぼ下道超ハード旅。 寄り道をしながら目的地は岐阜県高山市 前から少し丹波篠山に似ているのではないかと興味があった町だけど、一日じゃなにもわからなかった 帰りの運転中、住職書房を何度も何度も反芻する。 それが欲しいと思うけど、いまは真逆に居る やわい屋で会話の中に出てきたヤンキー論がとても興味深かったこと。 買って帰った「民藝雑論」を読んであの会話の解像度がぐんと上がった。 四月八日 昨日は店舗営業日 そろそろストーブ、終わりかなって思ったけどやっぱり寒くて夕方からつける のん…
気温摂氏8.5/12.8度。曇。朝と夕に小雨(1.5mm)。 ETV特集 『小澤征爾 日本人と西洋音楽』(1993年初回放送)を録画で見る。伯林フィルでの活躍に重点置かれた映像。1935年生まれのセイジオザワは58歳でまさに一番生気漲つた頃だらう。水戸芸術館の開館が1990年で同年4月のMCO(水戸室内管弦楽団)の第1回定演は小澤征爾指揮でロストロポーヴィチのチェロで記念碑的な演奏会。 小澤の率ゐるMCOは1998年に訪欧公演をするまでになり吉田秀和館長の逝去で2013年に小澤征爾が館長就任に至つた。この第1回定演の最後でステージに上がつた吉田秀和館長の挨拶。水戸の市政百年の記念にこの芸術館が…
23日(土)夜、旧Twitterを観ていて、マウリツィオ・ポリーニが亡くなったことを知った。 急ぎネットニュースを検索してみたが、それらしいニュースは見つからず、もしかしたらフェイクニュースか? とも思ったが、朝になって、間違いないことがわかった。 82歳。早すぎるとは言えない年齢だが、やはり残念だ。 私がポリーニの存在を知ったのは、1973年、高校3年の時。 例のショパンのエチュードのレコードが、「レコード芸術」の推薦盤になったのを見たのが最初だと思う。月評子、小石忠男氏の評文の見出しは、「玲瓏たるショパン」だった。 デビュー盤のストラヴィンスキーとプロコフィエフの1枚は記憶にない。 初めて…
そろそろ小澤征爾さんが亡くなり四十九日命日になるでしょうか― 改めて彼の功績は、東洋人に西洋音楽など理解できないといわれていた時代、海外で活躍の場を確立したことです。あのウィーン国立歌劇場の監督に日本人指揮者が就任すると考えたでしょうか―ベームやカラヤンが就いていたあの地位に―それには小澤征爾が持っていた非西洋人というコンプレックスをその才能により跳ね返した事にあります。その後、日本人演奏家が海外で活動する先鞭ともなりました。それについては彼の演奏内容・質とは別に長く評価されることであると思います。 しかしそれだけの評価を得て一般聴衆の受けは非常によかったのですが、なぜか日本国内の評論家受けは…
指揮者ジョージ・セルを知る人は、もはや少ないと思う。1970年の大阪万博で演奏するため5月に来日し、数々の名演奏を残して帰国後の7月に亡くなった。つまり50年以上も前に没した指揮者である。 70年の来日時にベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を聴いた吉田秀和は「これまでに聴いた「英雄」の、最高の演奏に属する」と絶賛している。70年来日時のライブ録音はいくつかCD化されているが、この演奏のCDは今のところ見当たらない。いつか発掘されることを期待する。70年東京ライブでCD化されているのは、モーツアルト40番以外には、ベルリオーズ、ウェーバー、シベリウスなどの小曲しかない。その時に彼は8回演奏した…
昨年、2023年7月号をもって「休刊」した「レコード芸術」、公には「休刊」としていますが、紙媒体としては事実上の「廃刊」でしょう。その落穂ひろい?的にムック本として総集編が2月末(2024年3月1日)に発行されました。 レコード芸術休刊〜最終号購入 - 音楽枕草子 店頭で内容を確認してから購入するか決めようと思っていましたが、Amazonのポイント付与に釣られて購入ボタンを押してしまいました。 表紙デザインからして伝統継承といえるもので、中身も同様かな?と不安と共に先日読み終わりました。まず、きっと編集部がやりたかったのはこれではなかったのか?と思った表紙にも記載されている「ONTOMO MO…
昨年10月末に突然かつてのモーツァルト熱を再燃させて現在に至るが、年度末でもあり、弊ブログのモーツァルト関連記事に一区切りをつけることにした。 私は10〜20代の頃にモーツァルトの音楽にずいぶん嵌ったが、痛恨なことに当時の私は人間に対する関心が薄かったため、モーツァルトの音楽には興味があっても「人間モーツァルト」への関心があまりにも低かった。しかし、昨年来いろいろ調べてわかったことは、モーツァルトほど興味深い人生を送った作曲家はほとんどいないことだった。唯一比較できるのは14歳年下のベートーヴェンくらいではなかったか。そのベートーヴェンに関しては青木やよひ氏の本を読んだことがあったが、モーツァ…
中学生の頃だったか、ちょっとした小論文を書いていた時のこと、担任の先生から「評論家にはなるなよ。」と言われた。論文を書く職に就きたければ研究者になれ、という意味だったらしい。 評論家も研究者も単純に見れば物事を論じる分には同じように思えるわけだが、実は評論家が作品に対して公平で批判的に論じているかといえば、それは怪しい。 ある種の評論家はものを論じ紹介する事で、読者をそのものへの消費者になるように導く役割を担っている。なぜそう言えるのか、即ち ①評論家は評論で生計を立てているので、評論を掲載する出版社・メディアの意向を無視することは出来ない。 ②出版社・メディアがある特定の作家・品物と様々な利…
【日時】2024.3.3.(日)14:00〜 【会場】NNTT中劇場 【演目】フランシス・プーランク作曲『カルメル会修道女の対話 Dialogues des Carmélites / Francis Poulenc』全3幕<フランス語上演/日本語字幕付> 【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団 【指揮】:ジョナサン・ストックハマー 【台本】ジョルジュ・ベルナノス 【演出,演技指導】 シュテファン・グレーグラー 【照明】鈴木武人 【音響】青木駿平 【映像】鈴木大介 【衣装コーディネーター】 増田恵美 【欧州内衣裳コーディネーター】ヴェロニク・セマ 【舞台監督】飯田貴幸 【キャスト】 ○ド・ラ…
甲辰年正月廿二日。気温摂氏▲0.7/9.7度。晴。水戸の梅まつりは来週末迄だが数日前に満開と聞く。今朝、水戸駅に行く途中で三の丸公園を抜け梅を愛でる。 常磐線で天王台~我孫子間にある車両センター(正確には松戸車両センター我孫子派出所)から本線入るところで待機中のTrain Suite 四季島に遭遇。本日この富裕層専用列車が常磐線で偕楽園にも来ると地元で話題になつてゐたが尾久の車両センターが基地なので、そこから上野駅に入線すると思つてゐたら、まさか我孫子だつたとは。神田淡路町で散髪(The Gollum)。ルーティンのやうだが神田志乃多寿司で寿司折誂へ地下鉄で銀座。日比谷線上のconcourse…
明日には図書館に返さなければならないので、水谷彰良著『サリエーリ - モーツァルトに消された宮廷楽長』(音楽之友社, 2004)についてメモを残しておく。下記は2019年の復刊版へのリンク。 www.fukkan.com 本文を始める前に、弊ブログにいただいた下記コメントを紹介する。 kj-books-and-music.hatenablog.com まやや&充実 (id:mayaya_jujitsu) 水谷彰良氏『サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長』は、数年前に自分がサリエリに関心を持った時に読んだ本の一冊です。水谷氏は日本におけるサリエリ研究の第一人者ではと思います。 「サリエリの…
吉田秀和の昔のNHK-FMの解説で最近聴いたモーツァルト14歳の時のオペラ『ポントの王ミトリダーテ』K87が、音楽だけではなく劇としても面白そうだったので、これは是非動画見たいと思ってネット検索をかけたところ、一昨年(2022年)のベルリン国立歌劇場公演でこのオペラが宮城聰の演出で上演され、それをNHKが放送していたことを知った。 このオペラは3時間近くかかる長いものなので、どこかの三連休で見たいと思っていたが、やっとそのチャンスがめぐってきたので、NHKオンデマンドで220円で購入して(視聴有効期間は3日間)視聴した。 私は演劇には全く疎くて、宮城聰という人も全く知らなかったが、結構注目され…
最初に読み終えたミステリについて少しだけ書いておく。 アガサ・クリスティのポワロものの31番目の長篇『ハロウィーン・パーティ』を、昨年新訳版が出たハヤカワ・クリスティー文庫で読んだ。旧版は中村能三(1903-1981)訳だったが、山本やよい氏(1947-)の訳に差し替えられた。 www.hayakawa-online.co.jp 埋め込みリンクの画像でご覧いただける通り、ケネス・ブラナー監督・主演の映画が日本で公開されたタイミングに合わせて新訳版が出たもののようだ。図書館に置かれるまでは数か月かかるかなと思っていたが、先日区内の図書館に置いてあったので借りて読んだ。 これはクリスティ79歳の1…