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北硫黄島

(地理)
きたいおうとう

北硫黄島は、東京都小笠原村小笠原諸島)にある火山列島の最北端の無人島。欧名はサン・アレキサンドロ島。
東京の南方洋上約1,170kmに位置し、面積5.52km²、周囲8.0kmの島である。
沿岸は一部を除いて断崖で、山峰は北に清水峰(665m)、南に榊ヶ峰(792m)の南北に二分されている。

沿革

1899年、石野平之丞によって開墾が着手。
1902年、北硫黄島仮学校が開校した。
1904年、人口は156人に達した。
1920年、石野平之丞より東大教授に磨製石斧三個が献上された(これが返還後における遺跡発見の伏線となる)。
1944年、疎開時には、17世帯90人が居住していたが、第二次世界大戦後は無人となり、1968年年6月26日の返還以降も無人島となっている。
1991年、東京都の遺跡調査団により、8世紀〜15・16世紀頃に残されたと見られる祭壇や墓地跡、石器や土器などの生活用品が発見さ れた。
2007年6月18日、国土地理院による呼称が「きたいおうじま」から「きたいおうとう」に変更。
2011年6月29日、世界自然遺産「小笠原諸島」の構成遺産として世界遺産一覧表記載。

有人当時の産業

産業はサトウキビ栽培を主とした農業や、マルサザエ採取(貝ボタンに加工)、ムロ節の製造など。

歴史

1991年の遺跡調査により、現在に続く発見・定住の歴史以前にも人が住んでいたことが証明された。発見された遺跡や遺物は、明らかに本土の縄文・弥生文化とは異 なっていることから、ミクロネシア文化圏の影響を受けているものと推定されている。このことから、マリアナ諸島〜小笠原諸島〜伊豆諸島〜日本本土への、も う一つの海上文化伝播ルートがあったのではないかという、壮大な仮説が浮かびあがった。

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