「おれは料理の大博士だ」 とは、井上馨が好んで吹いた法螺だった。 ――ほんまかいな。 と、疑わずにはいられない。 発言者が伊藤博文だったなら、納得は容易、抵抗らしい抵抗もなく、するりと呑み下せただろう。伊藤の素性は、武士とは言い条、下級も下級の出であった。 (Wikipediaより、長州五傑) あの階層の貧窮ぶりは――特に江戸時代後期にかけて――まったく凄絶そのものであり、ややもすれば勃興する資本主義的風潮の割(・)というのを一身に引き受けた如き観すら呈し得る。 文化年間成立の『世事見聞録』を捲ってみると、 「…なべて武家は大家も小家も困窮し、別て小禄なるは見体甚見苦しく、或は父祖より持伝へた…