新渡戸稲造には日課があった。 本人の語りによるものだから間違いはない。それは札幌農学校に教鞭をとっていた時分、己に課した習慣だ。 (北海道帝国大学) 授業のために、指定の教場へ向かう都度、新渡戸はいきなり扉を開けず、把手(とって)を握り締めたまま、しばし瞑目、心の中で唱えたという。 ――生徒は大切である、仮令無礼なことがあり、又は癪に障ることがあっても必ず親切に導かねばならぬ、妄りに怒ってはならぬ。 自分で自分に暗示をかけたといっていい。 おまけに一日何回も、凄い厚塗りであったろう。 それだけ入念に細工をしても、「教場に入って居ると何時しかこの心がけを忘れることもあった」――我慢しきれずブチ切…