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ミルコ・クロコップ

(スポーツ)
みるこくろこっぷ

Mirko Crocop
クロアチア出身の総合格闘家。キックボクサー。

プロフィール

本名 Mirko Filipovic(ミルコ・フィリポビッチ)
生年月日 1974年9月10日
出身地 クロアチア/ヴィンコヴツィ
所属 チーム・クロコップ
身長 188cm
体重 102kg



元警察官。ミドルネームに使っているクロコップとは「クロアチアのコップ」つまり「クロアチアの警察官」という意味がある。
K-1 GP初代王者ブランコ・シカティックの弟子だった。デビュー当初のリングネームはミルコ・タイガーであり、タイガーとはシカティックの道場名「タイガージム」に由来している。しかし、途中でシカティックとの関係はこじれた。その際タイガージムを離れている。
入場曲はデュラン・デュランの「WILD BOYS」。

略歴

1996年3月10日、ミルコ・タイガーのリングネームで「K-1 GRAND PRIX’96 開幕戦」でK-1デビュー。前年GP準優勝のジェロム・レ・バンナからダウンを奪って判定勝ち。
同年5月6日、「K-1 GRAND PRIX’96 決勝戦」の準々決勝でアーネスト・ホーストにローキックで3RKO負け。
1999年4月25日、リングネームをミルコ“クロコップ”フィリポビッチに改名し、「K-1 REVENGE’99」で3年振りにK-1復帰。ヤン“ザ・ジャイアント”ノルキヤに4RKO勝ち。
同年6月20日、「K-1 BRAVES’99〜グランプリへの道〜」のGP予選トーナメントに出場。1回戦でリッキー“ザ・タンク”ニッケルソンに右ハイキックで1RKO勝ちするも、準決勝でジャビット・バイラミに延長戦の末判定負け。あと一歩のところでGP出場を逃してしまう。ところが、後に思わぬチャンスが訪れる。
同年10月3日、出場予定だったリック・ルーファスの負傷欠場で「K-1 GRAND PRIX’99 開幕戦」に出場。マイク・ベルナルドから左ハイキックとパンチ連打で3度のダウンを奪い1RKO勝ち。
同年12月5日、「K-1 GRAND PRIX’99 決勝戦」の準々決勝で武蔵、準決勝でサム・グレコを2RKOで下すも、決勝でホーストにボディブローで3RKO負け。惜しくも準優勝となったが一躍脚光を浴びる。
2000年、リングネームをミルコ・クロコップに短縮。
同年6月3日、「K-1 FIGHT NIGHT 2000」でアンディ・フグのスイス国内引退試合を相手を務める。この試合はWKAムエタイ世界スーパーヘビー級タイトルマッチとして行われ、判定負けで王座獲得ならず。
同年9月1日、母国クロアチアで開催された「K-1 WORLD GP 2000 ヨーロッパ&ロシア地区C予選」のスーパーファイトでスチュアート・グリーンに2RKO勝ち。
同年10月9日、「K-1 WORLD GP 2000 in 福岡」のWORLD GP予選トーナメントに出場。1回戦でグラウベ・フェイトーザ、準決勝で天田ヒロミに判定勝ちし、決勝でベルナルドに1RTKO負けでリベンジを許すも、準優勝でWORLD GP出場を決める。
同年12月10日、「K-1 WORLD GP 2000 決勝戦」の1回戦でホーストに延長戦の末判定負け。
2001年6月16日、「K-1 WORLD GP 2001 in メルボルン」のWORLD GP予選トーナメントに出場。1回戦でマイケル・マクドナルドに1RKO負け。
同年8月19日、「K-1 ANDY MEMORIAL 2001〜JAPAN GP 決勝戦〜」におけるK-1×猪木軍の対抗戦で総合格闘家デビュー。K-1代表の大将格に抜擢され、藤田和之を膝蹴りで流血によるドクターストップに追い込み1RTKO勝利をおさめる。
同年11月3日、PRIDE初参戦。「PRIDE.17」で高田延彦と対戦しドローに終わる。
同年12月31日、「INOKI BOM-BA-YE」で永田裕志と対戦し、左ハイキックからのパウンドで1RTKO勝ち。「プロレスハンター」の異名をとる。
2002年3月3日、「K-1 WORLD GP 2002 in 名古屋」で前年WORLD GP王者マーク・ハントから左ハイキックでダウンを奪い判定勝ち。
同年4月28日、「PRIDE.20」でヴァンダレイ・シウバと対戦しドローに終わる。
同年8月28日、「Dynamite!」で桜庭和志と対戦し、2R終了時ドクターストップによりTKO勝ち。
2003年3月30日、「K-1 WORLD GP 2003 in さいたま」でボブ・サップに左ストレートで1RKO勝ち。サップはこの一撃で右眼窩内側壁骨折および右眼窩壁骨折の重傷を負った。その後、K-1を離脱してPRIDEに本格的に参戦することを表明し、ハイペースで出場する。
同年11月9日、「PRIDE GP 2003 決勝戦」におけるPRIDEヘビー級暫定王者決定戦でアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと対戦。試合を優勢にすすめながらも腕ひしぎ逆十字固めを極められ、2R一本負け。総合格闘技で初の敗北を喫する。
同年11月23日、クロアチア国会議員に初当選(2007年まで)。
2004年、PRIDEヘビー級GPに出場。優勝候補に挙げられていたが、同年4月25日の「PRIDE GP 2004 開幕戦」でケビン・ランデルマンに1RKO負け。緒戦で姿を消す。
同年12月31日、「PRIDE 男祭り 2004-SADAME-」でランデルマンにフロントチョークで1R一本勝ちをおさめリベンジを果たす。
2005年8月28日、「PRIDE GP 2005 決勝戦」におけるPRIDEヘビー級タイトルマッチでエメリヤーエンコ・ヒョードルに判定負け。
2006年、PRIDE無差別級GPに出場。同年5月5日の「PRIDE無差別級グランプリ2006 開幕戦」で美濃輪育久にパウンドで1RTKO勝ち。
同年7月1日、「PRIDE無差別級グランプリ2006 2nd ROUND」で吉田秀彦にローキックで1RTKO勝ち。
同年9月10日、「PRIDE無差別級グランプリ2006 決勝戦」の準決勝でシウバに左ハイキックで1RKO勝ち。決勝でジョシュ・バーネットに1R、ギブアップで勝利し王者に。32歳の誕生日でK-1・PRIDEを通じ初の王座獲得。
その後、UFC参戦をするも結果を残せず、2008年に一端UFCを離れ、DREAMに参戦。DREAMでは2勝1無効試合。
2009年からUFCに復帰を果たすも、UFCでは通算4勝6敗と負け越し。
2012年3月10日、母国クロアチアで9年振りにキックボクシングに復帰。「Cro Cop Final Fight」でレイ・セフォーに判定勝ち。
同年5月27日、スペインで開催された「K-1 RISING 2012」で9年振りのK-1復帰を果たす。ローレン・ハヴィエル・ホルヘに2RKO勝ち。

獲得タイトル

  • PRIDE無差別級GP 2006王者
  • K-1 WORLD GP 2000 in 福岡 GP予選トーナメント準優勝
  • K-1 GRAND PRIX’99準優勝
  • IKBFフルコンタクト世界ヘビー級王者



リスト::格闘家

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