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ティエリ・アンリ

(スポーツ)
てぃえりあんり

Thierry Daniel Henry
フランスのサッカー選手。ポジションはフォワード。
1977年8月17日、フランス・パリ郊外生まれ。身長188cm、体重83kg。

所属クラブ

1994-1998
ASモナコ(フランス)
1998-1999
ユベントス(イタリア)
1999-2007
アーセナル(イングランド)
2007-2010
FCバルセロナ(スペイン)
2010-
ニューヨーク・レッドブルズ(アメリカ)

代表歴

U-15/U-17/U-21フランス代表、フランスA代表
1997年10月11日 南アフリカ戦でA代表デビュー
1998年 FIFAワールドカップ・フランス大会出場(優勝)
2000年 UEFA欧州選手権2000出場(優勝)
2002年 FIFAワールドカップ・日韓大会出場(グループリーグ敗退)
2003年 FIFAコンフェデレーションズカップ出場(優勝)
2004年 UEFA欧州選手権2004出場(ベスト8)
2006年 FIFAワールドカップ・ドイツ大会出場(準優勝)
2008年 UEFA欧州選手権2008出場(グループリーグ敗退)
2010年 FIFAワールドカップ・南アフリカ大会出場(グループリーグ敗退)

獲得タイトル

クラブ

1996-1997 ディビジョン・アン優勝
2001-2002 プレミアリーグ優勝、FAカップ優勝
2002-2003 FAカップ優勝
2003-2004 プレミアリーグ優勝
2004-2005 FAカップ優勝
2008-2009 UEFAチャンピオンズリーグ優勝、リーガ・エスパニョーラ優勝、コパ・デル・レイ優勝
2009-2010 リーガ・エスパニョーラ優勝

代表

1998 FIFAワールドカップ優勝
2000 UEFA欧州選手権2000優勝
2001 FIFAコンフェデレーションズカップ優勝
2003 FIFAコンフェデレーションズカップ優勝

個人

1996 ディビジョン・アン新人王
2001-2002 プレミアリーグ得点王
2003 選手選定によるプレミアシップ最優秀選手
2003 記者選定によるプレミアシップ最優秀選手
2003 フランス最優秀選手
2003-2004 プレミアリーグ得点王
2004 プレミアシップ年間最優秀選手
2004 選手選定によるプレミアシップ最優秀選手
2004 記者選定によるプレミアシップ最優秀選手
2004 UEFAゴールデンブーツ
2004-2005 プレミアリーグ得点王
2005-2006 プレミアリーグ得点王

経歴・プレースタイルなど

アーセナルなどで活躍した絶対的なエースストライカー。高い運動能力とテクニックを持ち、世界でも指折りのストライカーであることに疑いの余地は無い。困難な局面からゴールを挙げることも多く、プレミアシップのゴールオブザシーズンに幾度と無くノミネートされ、02-03/03-04の2年連続で大賞に輝いている。フランス代表での活躍がクラブでのパフォーマンスと比較すると見劣りしまうのは、クラブでの活躍が抜群に優れているからだろう。

1994年、現アーセナル監督のアーセン・ベンゲル氏が当時指揮していたモナコでプロデビュー。デビュー2年後にはディビジョン・アンを制覇し、自身初のタイトルを獲得する。このシーズン、アンリは36試合に出場して9得点を挙げる。1997-1998シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグに出場、準決勝でユベントスと対戦して敗退するまでにチームトップの7得点を挙げる大活躍を見せる。また、シーズン終了後に自国で開催されたワールドカップでは3得点、優勝に貢献した。

1999年1月にユベントスへ移籍したが、わずか7ヵ月後に新天地へと移ることになる。イタリアで思うように活躍できなかったアンリに移籍のチャンスをもたらしたのは、モナコ時代の恩師でもあるアーセナルのベンゲル監督だった。当時アーセナルはニコラ・アネルカを売却したばかりで代わりのストライカーを探していたが、センターフォワードにコンバートされたアンリはアネルカの穴を埋める以上の働きを見せた。2000年には取り戻したトップフォームをそのまま代表でも発揮し、EURO2000の3得点の活躍でフランス優勝の立役者となった。

2002-2003シーズンから2シーズン連続で記者選定によるプレミアシップ最優秀選手賞に選ばれるという前人未到の快挙も達成しており、その評価は高まるばかり。2003-2004シーズンにはリーグ戦無敗優勝の原動力としてゴールを量産した。

2004-2005シーズンを終えた時点で181ゴールを挙げ、イアン・ライトの持つクラブの得点記録まで後4ゴールと迫っている。2005-2006シーズンからはパトリック・ヴィエラの移籍に伴い、新たにキャプテンに任命されるなど、その責任はこれまで以上に大きい。他クラブからの巨額オファーにも事欠かないが、本人は恩師ベンゲル監督の下でのプレー続行を熱望しており、クラブも本人の意向を歓迎している。

2007年6月、FCバルセロナへ移籍。2008-2009シーズンには、リーグ戦30試合で19得点を挙げるなど、クラブの三冠獲得に貢献した。


フランス代表では不調続きであったが、ジネディーヌ・ジダンの現役最後の大会となった2006年FIFAワールドカップでは、3得点を決め準優勝に貢献した。
しかし、2008年UEFA欧州選手権ではグループリーグで敗退。その後、フランス代表のキャプテンに任命された。FIFAワールドカップ・南アフリカ大会の欧州予選においても苦戦が続き、アイルランドとのプレーオフに回る。プレーオフの第2戦では、アンリのハンドでウィリアム・ギャラスの決勝点をアシストし、フランスが2010年FIFAワールドカップの出場権を手にしたが、アイルランドを中心に批判が広がり、アンリは悪役となってしまった。
2010年FIFAワールドカップ本大会では、1分2敗のグループリーグ最下位とフランス代表は惨敗。レイモン・ドメネク監督と選手らの確執が表面化し、アンリ自身も求心力の低下でチームをまとめることができなかった。大会後、代表引退を表明した。


2010年7月、アメリカ・メジャーリーグサッカー(MLS)のニューヨーク・レッドブルズに移籍。

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