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ジョン・ケージ

(音楽)
じょんけーじ

アメリカの作曲家。1912年に生まれ、1992年に没す。50代まで、その頃までにはけっこうな有名人になっていたはずなのに、幼稚園児の送り迎えなどのバイトで生計を立てていたらしい。
フルクサスやミニマリストをはじめ、多くの音楽家、サウンド・アーチスト、芸術家に大きな影響を与えた。ケージ以降の「アヴァンギャルドな音楽家」で、ケージに言及しないものはほとんどいない。
京都賞受賞時(1989年)には、スーツは着ないと言い張り、袴姿で登場した。
代表作に「想像上の風景(Imaginary Landscape)」シリーズ、「4分33秒」、「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」、「Williams Mix」、「ロアラトリオ」などがある。
1951年にハーヴァード大学の無響室(無響室は、日本だと、東京の初台のICCにある。)で、無音状態のはずなのに「神経系統の作用音と血液の循環音」が聞こえるがゆえに、沈黙(サイレンス)とは、無音状態ではなく、意図されずに発せられた音響(非意図的な音響と環境音)(nonintended sounds and environmental sounds)だけが存在し、それらに注意が払われていない状況だ、と喝破したらしい。ジョン・ケージの音楽実践の発展は、彼がどのような音響をどの程度「音楽作品」に導入しようとしているかで計ることが出来るので、「非意図的な音響と環境音」を「音楽」に組み込もうとした50年代以降のケージが、音楽家としてのケージ(いわゆる、革新者としてのケージ)の主要なイメージを形成している。
50年代以降、音楽に「偶然性」を導入した作曲家として有名。「易経」を利用して、サイコロ(実際に使用したのは鉛筆やコインだったらしい。)を振って音符(音量、音高、持続、音色等々)を決めて作曲する「偶然性」を導入し、「変化の音楽(Music of Changes)(易の音楽)」の作曲のために、九ヶ月間「偶然性」を導入し続けた結果、1951年頃、NYのど真ん中で飢え死にしかけたらしい。
50年代後半から60年代にかけて音楽に「行為」を取り込むことに興味を持ち始め、「シアター」なる概念を提唱し始める。音楽に視覚性を回復させようとする試みなので、サウンド・アートの源流として考えることが出来る。
その後、「サーカス」なる概念を提唱し始め、幾つかのお祭り騒ぎを演出する。
70年代以降、「普通の音楽」に「回帰」したとされる。いわゆる「クラシック音楽としても聞くことが出来るちょっと奇妙な音楽家」として評価されるケージの主要なイメージは、50年代以前と70年代以降のケージの作品を基盤としていることが多い。なので、ケージの音楽作品をロマンティックに聞くことは不可能ではない。
キノコと無駄話が大好き。1962年にアメリカのキノコ学会の設立に尽力し、毒キノコを食べて死にそうになったこともあり、イタリアでキノコのクイズ番組で優勝したこともある。自然食品が大好きらしい。そもそもキノコ好きになったのも辞典でmusic(音楽)の前がmushroom(キノコ)だったからというのは有名な話である。
笑顔が素敵。

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