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エイハブ

(読書)
えいはぶ

 エイハブ(Ahab)
 ハーマン・メルヴィル(Herman Melville)の主著、『白鯨』(Moby-Dick, or the Whale, 1851)に出てくる、偏執狂の船長。片足をモウビィ・ディックと呼ばれる白い鯨に食われたことから、狂気じみた憤怒をこの鯨に抱き、全てをなげうってでもこの鯨を倒さんと欲するようになる。『白鯨』という物語は、このエイハブの白鯨=モウビィ・ディックへの復讐を主軸に、鯨に関する薀蓄を博物学的に収録した百科全書的な小説である。
 名前の由来は、旧約聖書「列王記」に出てくる、イスラエル王アハブより。ユダヤ教の神ではなく、異教の神バールを崇めたことにより、犬にその血を舐められるという悲惨な死を予言され、その予言どおりに死んでいく。『白鯨』の中におけるエイハブもまた、神に対する激しい怒りと憎しみを持っており、彼の死もまた物語の中で何度も予言される。その最後は、アハブが流れ矢に当たって死んだのに似て、自らが投げた銛と船をつなぐ綱に首を絞められて死ぬ。流れ矢で死ぬかのごとくに、「定められた偶然」によって命を落とすことになるのである。
 身体的な特徴は白鯨に食われた左脚のほかに、頭のてっぺんからかかとまで走っている、真一文字の灰色の傷があり、見る者に恐慌に近い惧れを抱かせるとされる。また、物語の中では仄めかす形でしか語られないのだが、自らの足に付けている鯨の骨の義足が、鼠径部にあたるという事故が原因で、性的な不能であるとされる。
 家族構成はほとんど語られないが、若い嫁と、子どもを一人持っていることが、言葉少なに物語中で仄めかされる。この点で、唯一家族を持っているスターバックとエイハブの間に、一種の交歓の様な感情が生まれ、そうした二人の家族的交歓が物語の後半部分に奇妙にメロドラマティックな感覚を与える一因にもなっている。この二人の家族への想いが描かれる、白鯨との最終決戦直前の一幕、「交響曲」と題されたチャプターは、『白鯨』中最も気高い、まるでシェイクスピア劇を思わせるような章となっている。
 エイハブというキャラクターの、その造形に関しては、様々なモデルがいるとされているが、最たる候補の一人は、シェイクスピアのリア王であるというのは、研究者の間で一致する見解である。『白鯨』執筆時のメルヴィルが、シェイクスピア(とホーソーン)の作品にかなり没頭していたという記録が残っている。作品中に何度も出てくるエイハブの劇的独白にも似たモノローグには、リア王およびシェイクスピア作品からの直接的な影響を見出すことが出来る。リア王の他にもモデルとなる人物には事欠かず、当時のアメリカの現実の有名人の中にも、エイハブのソースとなる人物がいる。一番有名なモデルとされている人物はアメリカの第6代および7代の副大統領を務めたカルフーンという人物。これに加えて当時の急進的奴隷廃止論者、ウィリアム・ロイド・ガリソンという人物も、エイハブの人物造形に深く影響を与えたとされている。この2人に共通しているのは、当時のアメリカ南部人によく見られたとされる「偏執狂」的資質が極端な形で現れていたことであり、この「極端な偏執狂」というのが、エイハブの最も基本的な属性として採用されている。特にカルフーンの残している言行録には、エイハブの台詞にそのまま変奏されて使われている部分もあり、ほとんど疑う余地なく、あるエッセンスとしてカルフーンはエイハブの中に取り込まれているといえるだろう。

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