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アイネスフウジン

(スポーツ)
あいねすふうじん

アイネスフウジン

生年月日 1987年4月10日生まれ・牡・黒鹿毛
生産者 中村幸蔵(北海道浦河)
シーホーク
テスコパール
母の父 テスコボーイ
馬主 小林正明
管理調教師 加藤修甫(美浦北)
競走成績 8戦4勝
主な勝ち鞍 朝日杯3歳S 共同通信杯4歳S 日本ダービー
備考 1989年JRA賞最優秀3歳牡馬 1990年JRA賞優秀4歳牡馬



アイネスフウジンは美浦トレーニングセンター加藤修甫厩舎に所属した引退競走馬。1989年9月にデビューし3戦目に勝ち上がると、5番人気で挑戦した朝日杯3歳ステークスをマルゼンスキーのタイレコードで優勝した。明け翌年の共同通信杯も制しこの時点で春のクラシック有力候補となったが、続く弥生賞は不良馬場の影響もあって大器と言われていた評判馬メジロライアンに敗れた。第一冠目となる皐月賞は1番人気に支持されたもののハクタイセイにタイム差無しの惜負。続いて挑戦した日本ダービーは3番人気と評価を落としたが、ここまで主戦を務めた中野栄治騎手の絶妙なペース配分により競りかけたハクタイセイや、追い込んだメジロライアンなどに先頭を譲ることなく華麗に逃げきった。走破タイムは日本ダービーのレコードタイムであり、この勝ち時計は2004年にキングカメハメハが更新するまで破られなかった。この鮮やかな勝利により、訪れた観衆からウイニングランの中野騎手への俗に言うナカノコールが自然発生的に起こり、一般にGIレース勝利騎手への賞賛コールはこのレースが起源と言われている。一方アイネスフウジンはこのダービーの激走から脚部不安を発症し、復帰を目指したもののそのまま引退した。種牡馬としてはイサミサクラ、ファストフレンドなどを輩出したが、2004年4月5日に腸捻転のため急逝した。

アイネスフウジンの血統



シーホーク
*Sea Hawk
Herbager Vandale Plassy
Vanille
Flagette Escamillo
Fidgette
Sea Nymph Free Man Norseman
Fantine
Sea Spray Ocean Swell
Pontoon
テスコパール テスコボーイ
*Tesco Boy
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Suncourt Hyperion
Inquisition
ムツミパール *Montaval Norseman
Ballynash
マサリュウ トサミドリ
ユキツキ


リスト::競走馬

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